2004年10月6日(水) 【みんな違っていない】

                  略

 本日は、岡山県教育委員会主催の「岡山人権教育セミナー」。こういうセミナーを教育庁人権・同和教育課が、続けて行く意味が分かりません。

 社会的弱者とされる方々の人権問題、人種、同和問題、女性問題、障害者、高齢者の問題・・・・根の深い問題を抽象的な奇麗な言葉で、教育関係者が、「個性」であると納得することで、何が生まれてくるのでしょうか。
 問題の本質を避け、抽象的な言葉で、何事かを類推させるような奇麗事で、何が解決するのでしょうか。

 「みんなちがってみんないい」と「もともと特別なオンリーワン」が、最近ことさらセットで取上げられ、人権教育の基本のように言われますが、この言葉で何が解決するのでしょうか。

 根本的には、「みんな違っていない」という前提が一番重要な事ではないかしら。



 個人的に、人権教育として、「みんなちがってみんないい」という言葉をもって「金子みすず」の詩を取り上げるならば、家の制度のある時代に、才能はあるが、女性ということで、虐げられ、苦しみ、己の誇りをかけて自殺した、その人生を語らないと意味がないと思います。あるいは、むしろ、男女共同参画のテーマであるように思います。

 いわんや、強烈な自我の詩は、思いやりと優しさとは、質が違うものだと思います。私も詩を書いていた分、あの詩人の言葉の本質は、もっとおどろおどろしいものだという気がします。孤独の渕を歩くような、あんな恐い一連の童謡は、ありません。


 また、SMAPの「世界にひとつだけの花」。やはり、私は、この歌詞が、本当に好きになれません。この詩に、救われるとしたら、まだまだ頑張りが、足りねぇ・・・。
 どういう状況であれ、努力は、放棄してはいかん。

 花は、他の花や同じ種類の花の中で競争するから、奇麗に咲くのです。種の保存のために、彼らは、工夫して、咲いているのです。

 私は、人間は、「もともと特別なオンリーワン」だとは思いません。むしろ、ナンバーワンにはならないのではなく、多くはなれないのです。
 しかし、なれなくても大切なのは、努力です。

 敢えて言えば、
 「ナンバーワンになれなくても良い、それでも、目指すよオンリーワン」ではないでしょうか。
 「ナンバーワンにならなくても良い、もともと特別なオンリーワン」だよ、と、私は、開き直るような事を子供には教えません。何でも良い、自分が好きなことで、何かで一番になれるように、それが適わなくても、自分の中で、一番努力したと思えるように、頑張りなさい、そう言うでしょう。


 そして、言うまでもなく、ナンバーワンは、オンリーワンですが、それよりも何よりも、共同社会で生きていくためのルールや、人間としての基本が押さえられての応用技としてのオンリーワンであり、個性があるのではないかと思います。
 イチローだけ、3塁ベースに向かって走るわけではないのですから。


 しかし、もっともっと大切なのは、誰もが、多分、きっとナンバーワンにもオンリーワンにもなれないけれど、だからこそ、助けあって生きて行くんじゃないですか、ということだと思います。
 なんとなれば、所詮、「みんな違っていない」から。同じ時代を生きとる仲間やないですか。



 それにしても、セミナーやシンポジウムを代理店さんに委託して、事業として、平日に、しかも各種団体に、動員のような案内をしてまで行う意味について、真剣に考える必要があるように、思います。

 お手盛りの事業評価では、主に、人数を問題にするのでしょうが、果たして、こういうセミナーが、どう子ども達に届くのでしょうか。

Copyright (c) 2004 SHINJI SATO Inc. All rights reserved.satoshin.jp