2003年4月17日(木) 【悔しさというバネ】

 構造改革特区のうち、岡山県全域を対象として、障害者等移動制約者のための新しい移動支援策として、タクシー等でカバーできない部分をNPO等によるボランティア輸送(有償)により補完する福祉移送特区が、第一弾全国57件の1つとして、21日に、認定されます。

 介護保険とのからみ、タクシー等でカバーできない部分とは、有償の基準等、調べたく思います。


 後援会申し込み用紙ではなく請求書がたくさん届き、様々な処理に追われる中、本日は、当選証書授与式がありました。
 当選後、初めて、4月30日以降の新議会のメンバーが、揃いました。

 4年前のことは、なぜかあまり覚えていないのですが、新人議員、再選議員の多くは、選挙前から面識があるため、新鮮味には薄く、むしろ、この場におられない議員のことが気になります。
 必ずしも、戻ってくることが出来ない議会の厳しさを思います。

 私は、嬉しいという感じよりも、これからの困難さを思い、緊張感を覚えました。この4年間で何がなせるのか・・・・・。
 特に、当選インタビューで、「自民党から変えていかなくてはいけない」といった趣旨の発言をした事実は重いです。



 それにしても、岡山1区の低投票率は、県政、県議会に対する圧倒的な不信の現われだと思えてなりません。これは、いずれ郡部にも伝播するでしょう。なんとも、肩身が狭いです。
 議員にとって、無投票より責任は重いと思います。

 不景気、直前の市議・市長選挙、倉敷の無投票、争点の不明確さ、親子対決に見られる候補者への戸惑い、県政の分かり難さ・・・・・原因は、いくらも考えられますが、ともかく、県議会、県議会議員に対して、全体としてNOである、そういう判断が、県民の皆様から出たのだ、そのことを肝に銘じ、信頼に足る議員、議会の構築に務めます。


 なによりも、私自身、順位が上がったことよりも、票を減らすということが、こんなに悔しく、落ち込むことであるとは、思っていませんでした。その思いは、選挙が終わって、日増しに強くなります。

 もちろん、当選させて頂いたこと自体、ご支援頂いた皆様に、いくら感謝してもしきれないのですが、投票率の低下に連動した割合とはいえ、票を減らしたという事実で、申し訳なさや、後悔の念ばかりが、出てきます。
 感謝の気持ちと己への不甲斐なさで、なんともいえない心境です。

 スタッフとして働いて下さった方のことを思うにつけても、多くの方からお祝いの言葉を頂戴するにつけても、本当に申し訳ありません。

 ただ、こういう気持ちになれるなら、次も伸びしろがあるとも思えます。叱咤激励をこれだけ頂けた、その重み、意味を噛み締めます。

 こういう私に託して下さる方々に、心から感謝し、しかし、今回の結果を謙虚に、真摯に受け止めさせて頂き、捲土重来の思いで、頑張ってまいります。

 佐藤真治が、議員としても、人間としても、大きくなっていくこと、そういう佐藤真治が、岡山県のお役に立つこと、それ以外に、皆様への恩返しの方法はありません。



 一方では、27歳女性新人に、マスコミは集中。中学校の後輩でもあり、まさに未知数の魅力ですが、ともかく今を変え得る可能性に、期待が集まっているのだと思います。

 これだけの注目に彼女は応えていかなくてはいけませんが、そういうプレッシャーを跳ね返せるものと信じ、私も陰ながらサポートさせて頂きたいと思います。

 なによりも、今回5人になった女性議員には、惜しくも引退された尊敬すべき共産党女性議員のように、議員としての資質で評価されることを問題にすべきであって、女性だから、若いから、ということを売り物にするのではなく、一人の議員として、正々堂々の論陣を張り、広く県民のために勝負をされることを期待したいものです。

 そもそもが、女性議員は、半数いても良いわけで、ある意味で、女性だからと、注目されることがない時代にならなくてはいけません。

 もちろん、そうは言っても、議員に、男も女も、先輩も後輩も、何期もありません。あるのは4年間の任期です。議員として、誰にも決して負けないよう、あるいは、切磋琢磨しながら、この4年間の命を燃焼して参ります。



 昼から夕刻まで、様々な議会関係の会合。公約の議会改革のために、まずは、できる動きから開始です。
 公約したからには、具体的に動きます。

 1期目は、がむしゃらに、己一人で戦ってきましたが、2期目は、思いを議会内に広げていくことを心がけます。

 点を線に、線を面に、面をうねりに!

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