2001年12月29日(土) 【いつか来た道】

 夜警明けで、ゆっくりと本年のしめの京橋朝市。その後、「おもちゃ王国」に。大人だけで行くとわかりませんが、やはり、家族連れで行くと、様々な意味で、極めて大人にも「楽」で、なるほど根強い人気があるわけです。

 改めて見ると、民間ならではの簡素化には感心しきりで、友紀のような子どもを遊ばせるには、安心かつ安全かつ十分な施設です。ただ、チボリ公園に我々が望むものとは、かなり違うだろうなぁ、とも思いました。
 それにしても、子どもは、ひとつことをなぜあんなに飽きないのでしょうか。


 さて、忘年会や夜警の話題は、なんといっても、この不景気。諸先生方も、あと3年(根拠はないと思います)は「覚悟」して下さい、ということですし、失業率5.5%と言っても、餓死している人間が、しばしば出るわけでなし、世界的に見ても、これが普通だと思えば、普通だろう、いずれ慣れるんじゃないか、なんとなく、もう良くならないんじゃないか、その中で、どうしのぐか考えよう、来年も、ここやそこやで、バタバタといくだろうが、もう驚かんわ、という声もチラホラ。
 切実でないのではなく、明日は我が身と誰もが思っているのです。


 ただ、私が最も恐れるのは、日本人が貧乏になることもさることながら、倫理・道徳を含めた日本人や、日本という国の、国力の低下です。そして、経済も、官僚も、政治も、全て世界の2流以下となったと言われる今、ある種の国粋的なカリスマを待望しやすい状況ではないかなと思います。
 意気消沈した国民の士気を高め、日本や日本人の誇り、優位性を鼓舞する「強いもの」に、幻惑されやすい雰囲気です。
 非常にマズイなぁ、と感じます。

 こころ・その425(4月28日)で、『学生時代、ご多分に漏れず、朝日ジャーナルを読んでいた私達にとって、当時の中曽根首相(ロン・ヤス)は、「相手」にとってまさに不足なしでしたが、小泉首相は、久々に、青春期季節的左翼学生の血がうずく手腕の持ち主かもしれません。久々に登場された非常におもしろい「相手」だと思います。』と、呑気に書きました。

 その後に世界や日本で起きた出来事を見るにつけ、もはや「いつか来た道」の途中にあることを誰も否定できないのではないでしょうか。漠然とですが、誰もが感じる雰囲気、様々な事象を組み合わせれば、日本の選択肢は、必ずしも多くありません。私の大学時代に、あれほど国論を二分したような問題が、今は、スイスイ通ります。
 体制と、なにより、国民の気分が、醸成されつつあります。


 最悪の不謹慎な想定ですが、某国から、なんとかドンが、飛んできて、一地方都市が壊滅すれば、アメリカを見習って、今の日本ならGOでしょう。それを国民が言うかもしれません。三文小説のように、仕掛けようとする輩もいるかもしれません。

 おりしも、今朝の新聞には、いわゆる「有事法制」である「緊急事態基本法制定」の政府方針が発表されています。本来は、解散総選挙して、国民の信を問うべき重要課題です。

 机上の理想論や平和ボケに染まりたくは、ありませんが、なにより恐いのが、ムードで行ってしまう我々の国民性です。
 なにか、非常に「甘い」のかもしれません。多分かなりまずい状況です。


 さて、夜警の陣中見舞いに。今日も遅くなりそうです。

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