2001年8月3日(金)【オンリー・ワン】

 本日の納涼花火大会をかわきりに、「おかやま桃太郎まつり」がいよいよ始まりました。本年度から、祭りが統合され、新しい岡山のまつりが、大いに盛り上がることが期待されます。
 私も、幾つかの場面で、当日スタッフとして参加する形になります。

 それにしても、ちょっと花火の「間」が、気になりました。



 本日は、いわゆるオンリーワンと言われる県内の企業視察に行きました。

 先日、厚生労働省関係の職業能力開発施設を県職員方の調査に帯同する形でまわる、というスタイルをとりましたが、今回は同様の形で、倉敷市選出のA議員も参加しました。
 A議員の名前は、頻繁に出てきますが、同じ自民党でも派閥は違うのですが、年齢が同じで、選挙区が違う、というのが、極めて楽で、一緒に行動しやすいのです。体型も近いかも・・・。


 本日お邪魔したのは、井原市の「タツモ(株)」と里庄町の「安田工業(株)」の2社です。おそらく、岡山県民でもご存知のない方も多いと思いますが、ご存知の方は、この2社の社名を聞いて、洒落や酔狂、ましてや、遊びで視察していないというのが、おわかりだと思います。

 商工部としては、公式な形の行事といえ、職員の方は、県内出張扱いになるものです。すなわち、県費による、公式ルートなるもので、私どもも、本気で行っております。移動の車中のやりとりを含めて、非常に有意義である、と実感できるものです。
 逆に、そうであるからこそ、専務や社長のご案内で、工場視察ということになるのでしょう。


 タツモは、世界に冠たる液晶製造装置、半導体製造装置、各種搬送装置のメーカーであり、安田工業は、高精度の工作機械メーカー、で、爆発的に業績を伸ばしていますが、どちらも昨日今日の会社ではありません。
 そして、いずれも、日本ではなく世界を相手にしている時代の最先端を行く企業です。今回、岡山県民として、製造業に携わる方の魂、を誇りに思い、同時に、不景気や行政・政治の思惑に関係なく、伸びる企業は、伸びるんだなぁ、とつくづく思いました。

 受注生産、見込みによる在庫がない、というのは極めて大きいでしょう。
 ただ、共通しているのは、確かな技術力に裏打ちされた、頑ななまでの信念、やはり、ある種の職人気質、要するに、「本物」、「超一流」を目指す魂の部分でした。
 「最大でなく、最高を目指す」というYASDAの基本理念のように、ミクロンからナノの世界に、ニーズに応えて、どこまでも極める姿勢、そして、「日本人」が世界を相手にしている「誇り」、これが日本の製造業の魂なんだ、実際、感動以外の何物でもありません。


 タツモの専務、安田社長のお話を伺うと、日本という国の未来が、本当に恐くなるのと同時に、やはり、「技術」、決して真似のできない「技術」、それしか日本の生き残る道はない、という気がしてきます。人間の汗と汗の上に伝承される「技術」しかないのです。

 オイルショック、バブル崩壊、幾度もの勝負を乗り切って、答は、やはり、製造業の答は、「技術」しかないのです。原料が全くない我が国は、見事に、加工するしかないのです。
 我が国は、ものづくりの国です。香港やシンガポールとは、違います。



 それにしても、それでは、行政施策として、どうやって、こういう会社の支援ができるかですが、ぶっちゃけた話、伸びる会社にとって、行政は、むしろ障壁になりこそすれ、必ずしも味方ではない、という話であろうかと思います。
 ましてや、画期的なことを官がやるわけがありません。それを民が求めるのは、土台無理な話です。
 行政の一律の施策では、縛りをかけこそすれ、図抜けたものの応援には、なりません。また、民間の動きに、端的に行政はついていけないでしょう。

 例えば、既に、先日PFIでの建設方針が決まったインキュベートセンターの危険性すら指摘されています。逆に、民間に、それに近い動きが見られます。果たして、リサーチパークに本当に集中するのか、民間が、それを望むのか。
 行政のリードは、ピントはずれとは言わぬまでも、時機を失う傾向があるのは事実です。

 かといって、手を拱いて見ているわけにもいかず、少なくとも商工については、せめて産・官・学の連携の手助けをし、最終的には産・学連携で、官は手をひく、いわんや、官的な学については、見直す、小さな行政という方向が望ましいと思います。
 あくまで、商工の自立の手助けをするだけで、民がいつまでも、補助金に頼るべきではないし、最後は、弱肉強食しかない、それが、ビジネスである、という厳しい共通認識を持つことが、必要なのだと思います。
 それが、商売ではないでしょうか。
 やっぱり、誰も頼れん、誰も助けてくれん、行政も、銀行もあてにならん、我が家は商売に失敗した家と言えるだけに、なおさらそう思います。


 ただ、考えられるのは、やはり税金の問題です。行政がらみで、一番のネックは、税金ではないかと、どう考えても思えるのですが、法人にとってどうなのか、その理解がお恥ずかしいことに不十分です。
 根本的には、そこだろう、とは思うのです。
 一番良いのは、自分で商売(製造業)を始めることでしょうが、そういう余裕がなく、勉強させて頂く以外ありません。
 お金は、どこからどう流れ、どう出て行くものなのか、そのド基礎すらわからずに、本来政治に関わるべきではないと、反省致しております。
 いつも経済の不勉強を思うのですが、役に立たない政治学科卒です。
 これでは、しかし、済まされないですね。



 ああ。それにしても。
 国際競争力の全くない世界一高い人件費。金融や外交に関してのセンスの無さ。倫理崩壊。超高齢・少子化。まるで、日本には、未来がないようです。

 花火の後の若者を見ていて、また思いを強くしてしまったかもしれません。大丈夫かなぁ・・・・。

 中国に、東南アジアに、中南米に、あるいは、いずれはアフリカに、製造業の波が、うねっていっても、決して、日本人が負けないために、ボーダーレス、グローバリゼーションの中で、日本という国が、埋没してしまわないために、やはり、日本人は、日本人に立ち返る、少なくとも、もっと勤勉であれ、真摯であれ、真剣であれ、謙虚であれ、でないと日本は、日本人は、本当に終わってしまいます。
 若者が、未来からの使者なら、彼らに、いったいどんな夢を託せるというのでしょう。彼らになにを示すことができるでしょう。

 最後は、やはり、一人一人の人間です。日本には、人間しかないのです。
 私は、ここで日本人の優秀性や、古来からの伝統に言及する気はありません。このままじゃ、駄目になるのです。やるしかないのです。そんな国にいるのです。日本が、終わってしまう・・・。まさに、瀬戸際。

 東南アジアやアフリカから、若い優秀な移民を積極的に受け入れ、人口を増やし、相対的に労働賃金を下げ、血を混合させ、世界人になるのも、ひとつの道でしょう。そういう選択もあるでしょう。
 あるいは、相手がどこであれ、もはや戦争しかない、うまく負けて、一度日本をドカチャカにすべきだ、戦後復興にかけよう、と言う人もいます。最悪のシナリオですが。
 地球的な視野で、日本を見れば、いずれもありうることだと思います。

 俺達は、アメリカ人じゃないんだ。同じように、やってちゃ、まして、それ以上に遊んでちゃ、駄目なのです。何もない国なのです、我が国は。アメリカ人の倍働いてるぐらいで丁度良いのです。それが、日本なのです。
 世界のアンケートでよくある、勤勉な日本人のイメージですが、今の日本人は、勤勉で真面目な国民でしょうか?


 もう一回、踏ん張ってみよう。まだ、日本は、やれる気がします。もっともっと、汗がかけるはずです。
 おかげさまで、世界のどこよりも、平和で豊かな国に過ごすことができました。今もたいへんですが、特に私達の世代には、ある種の覚悟が必要です。
 どうも、これからの日本、あらゆることが良くなりそうにないと、誰もが、体感されているのではないでしょうか。

 まだまだ、終わりそうにない、否、痛みは、これからかもしれません。
 未来の子ども達のために、ここが日本の踏ん張りどころです。

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