2000年7月14日【文教委員会より お詫びについて】

 本日の文教委員会は、県議会では、珍しく2時間を越えましたが、理由はもちろん、例の3つの事件です。どれも本質は同じような気がします。
 文教委員会始まって以来の報道カメラが入って、副委員長の私も、思わず深刻ポーズをとり、議員根性として、カメラを意識しての質問も連発してたいそう盛り上がりましたが、それにしてもあまりにひどい事件が続きすぎます。
 今や文教委員会は、議会の花形です。

 まずは、馬鹿な2人の教諭の児童買春、続いて邑久町、おまけに笠岡と例によって教育長のお詫び。それに加えて、教育委員長もお詫び。
 教育長は、引責を求められ、「教育委員会は何しょんなら」と「民間人?」の教育委員も責められ、 議員も人の道をといたりして、なんなんだこれは?状態です。
 いったい誰が、なんで、誰を責め、誰が、なんで、誰に謝っているんだろう?


 議会や委員会で、誰がどう詫びようとも、当事者の子ども達が納得できないと意味がありません。信頼を踏みにじった馬鹿な教師には、子ども達に罵倒されようとも、彼らに対して、彼らの前で、心から詫びてほしい。でないと、彼らの正義におさまりがつかないでしょう。
 私は、日本人的な責任者の辞任とかいった解決方法が、大嫌いです。どんに醜態を晒そうとも最後の最後まで、責任をとってほしいと思います。そして、罪は罪として、失敗は失敗として堂々と謝罪してほしいのです。それが、大人ではないかと思います。
 また、仲間が起こしてしまったことについて、子ども達に、もっともっと自分達のこととして、責任として、議論させてやってほしい。それを大人が止めてはいけません。むしろ、大人も加わって、とことんまで話し合うべきだと思います。

 そして、決して、最後に誰かをスケープゴードにして、問題の本質をうやむやにしないでほしいのです。この機会に一人一人が、じゃあ自分はなんなんだ?と考えなくてはいけないと思います。今回の件で、関係がない、全く責められない大人など一人もいないと断言します。もちろん私自身も。

 もう2度と繰り返さないために、誰もが反省しないといけません。

 遅ればせながら、来週に文教委員会、自民党県議団が邑久に入ります。

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