2001年6月10日(日)【加藤紘一先生 改革の系譜】

 本日は、NPO法人旭川を日本一美しい川に育てる会の旭川流域一斉清掃に参加した後、JR岡山駅に、谷垣禎一先生のお迎えに行きました。


 本日の「逢沢一郎政経セミナー」には、加藤派から、谷垣禎一先生と加藤紘一先生が、ご来岡。私は、谷垣先生(京都5区)のお迎え、お見送り役に、ご起用頂きました。
 JR岡山駅前では、RACDAの「路面電車の日」記念イベントが行われており、谷垣先生には、LRTに、ずいぶんご関心をお持ち頂きました。パネルをご覧になる姿は、一見ビジネスマンのように見えますが、ご案内の通り、橋本内閣の時は、科学技術庁長官を務められた加藤派のエースです。

 帰りは岡山空港まででしたが、行き帰りの約1時間の間に、ずいぶん岡山についてご質問頂きました(十分お応えできたか、わかりませんが)。
 私のようなものからでも、貪欲に吸収されようとする姿に、感銘するとともに、非常に物腰が柔らかくソフト、かつ、鋭いというのが、加藤派の特徴かなと思いました。


 セミナーは、大いに盛り上がり、特に、加藤先生の「知」による日本復興の話は、非常に納得でした。と、同時に、今の小泉ブームのそもそもは、昨秋の「加藤の乱」に、端を発するところも多く、自民党改革、超党派云々の本家本元は、森派の小泉総理ではない、加藤派である、と再認識致しました。もっとも、この派閥云々は、いつか超えられると思いますが。

 いずれにせよ、加藤先生は、逢沢支持者には、「借り」があり、いつかお返しされると明言されました。


 また、生意気を百も承知で書けば、「加藤の乱」後、また、小泉政権誕生後、逢沢代議士が、随分と発するものが変わられたと感じられる方も多いのではないでしょうか。
 ある種、前にも増して、自信に満ちてきたというか、この先の方向に、非常に手応えを感じておられるのではないか、それが、言葉の端々から受け取れるのです。
 逢沢代議士は、これからの政界のキーマンになる非常に重要な位置におられると思います。早晩、大きな出番が来るのではないでしょうか。
 参加された皆さんが、きっとそう感じられたと思います。

 そういった、うれしさ。萩原市長は、加藤先生に、むしろありがとうと言いたい、と言われましたが、その気持ち、わかる方には、すごくわかると思います。


 そして、これまた生意気ですが、私自身の「改革の系譜」も、感じました。あるいは、思い切りうぬぼれて、方向性も大きくは間違っていないという実感もありました。国からの流れを感じられるということは、本当に幸せなことです。
 同時に、私自身の決意も新たにした次第です。

 いろいろな意味で、非常に素晴らしい会でした。


 幸せといえば、送りの岡山空港のVIPルームでは、加藤紘一先生と谷垣先生とご一緒させて頂きました。加藤先生は、「本気」で「きびだんご」を食べられたことがないという理由で、きびだんご(525円也)を買われ、「本気」でおいしそうに食べておられました。
 私は、「きびだんごを貰って、命懸けの戦いをするでしょうか?」という他愛もない話をしておりましたが、この方が、自民党を日本を揺り動かすようなことをされたんだなぁ、と思うと不思議なような感じでした。
 実に、ありがたい、もったいないような時間でした。こういう機会を頂戴できたことに、心から感謝です。


 とはいうものの、冷静に考えれば、偉い方にお会いできて、私が偉くなったわけでもなんでもありません。もちろん、ご期待は申し上げますが、私も、議員。地方議員の私は、私でやるべきことがあります。
 市民、県民の皆さんに一番近い位置にいる政治家(議員)は、我々地方議員です。 大きな国の流れ、確かな市井の声を、アンテナをはって感じながら、地方議員として、全力を尽くします。

 それにしても、つくづくも、佐藤真治は、幸せな地方議員だと思います。

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