2011年6月12日(日) 【NPO支援と協働への覚悟】 | ||
本日は朝一で、大福で街宣。終了後に、雨が降り始めました。
本日は、NPO法人岡山県腎臓病協議会第8回通常総会・大会。単県医療費公費負担制度はじめ、65歳新規適用、障害区分に、就労支援など、いくつもの課題があります。 さらに、計画停電や西日本への受け入れを含めて、東日本大震災でも問題になりましたが、岡山県も、「災害時における難病患者等の行動・支援マニュアル」、また、慢性腎不全のため人工透析治療を受けている患者であることを明示する「緊急医療支援手帳」が、つくられています。 人工透析患者の被災者の方が、5名、岡山に来られているとのこと。 4月末現在で、県内の人工透析患者は、4376人。特に、糖尿病性の方が一番多いのですが、毎年100名前後、増えておられるそうです。 亡父も、人工透析患者でありましたから、亡父にできなかった支援をさせて頂きたいと思います。 午後から、「伊原木洋子さんを偲ぶ会」に、夫婦で出席させて頂きました。そうそうたる方々が思い出を語られて、本当に素晴らしい方であられたということを改めて感じさせて頂きました。 その後、第16回岡山路面電車で、なぜかRACDAのスタッフになっている息子を見て、月参りへ。 それにしても、行政の行うNPOへの支援についてでありますが、「新しい公共」という理念が、非常に分かり難いものであることを痛感します。 これまでの公共サービスは、行政が管理的に提供する立場であり、市民は、供給される立場であったわけですが、「新しい公共」では、市民も、公共サービスの提供者となり、行政は、市民に場を提供し、信頼し、権限を移譲することが求められということで、分かったような分からないような・・・・。 むしろ、「新しい公共」という言葉を持ち出さずとも、「新しい公共」空間というのは、以前からあります。例えば、町内会、婦人会、消防団、体育協会、愛育委員、民生委員、交通安全母の会、婦人防火クラブ・・・・という既存の組織を本来は、もっともっと応援すべきように感じます。 特に、そうした団体と企業や大学等を結ぶことは、是非、行うべきことだと思いますが、まずは、地域コミュニティの再生という意味では、そこに力を注ぐ必要があると思います。 しかし、政府の言う「新しい公共」は、まずはNPOが、中核にあるイメージのようです。もちろん、それは、NPOにとっては、悪いことではありません。 6月9日に、超党派のNPO議員連盟による議員立法の「特定非営利活動促進法(NPO法)改正案」が、衆議院本会議で、全会一致で可決され、参議院へまわりました。 これは、1998年3月に、NPO法が成立して以来の抜本的な改正です。 特に、NPO法人の活動分野の拡大や、寄付者への報告責任を果たすためのNPO法人会計基準の導入、認定NPO法人制度の要件を大幅に緩和することとなる新認定制度や認定NPO法人の認定機関の移管、仮認定制度の導入等が盛り込まれています。 要は、長年課題だった事業型NPO法人の認定取得が可能になり、寄付集めのスタートアップ支援も実現でき、寄付者にとっての税額控除の制度が導入され、善意の寄付が活かされる社会の実現に近づくもので、これ自体は、評価できるものです。 ただ、認定NPO法人制度の改正のためには、平成23年度税制改正法案の中の新寄付税制案の一刻も早い実現が、求められています。その議論は、これからです。 新政権の下で、NPO支援が前進したことは間違いないですが、さらに、国からの流れで、県レベルでも、動きがあります。 もっとも、私には、幾つかの疑問があります。 この春、岡山県は、「岡山県新しい公共支援事業」を立ち上げようとしていますが、これは、『国からの「新しい公共支援事業交付金」を活用し、NPO法人をはじめとする「新しい公共」の担い手が、自ら資金を調達し、自立的に活動することが可能となる環境づくりを促進するため、NPO等の活動の基盤整備等を支援する事業』です。 それは大きく、@ 岡山県新しい公共の担い手育成支援事業 と A 岡山県新しい公共の場づくりのためのモデル事業 に、分けられています。 @は、3400万円規模の大事業で、『NPO等にとって、寄附や融資が受けやすい環境を構造的に整備し、人的又は技術的な活動基盤の整備を進めることにより、NPO等の活動が自立・定着し、「新しい公共」の担い手として成長・発展することに資する事業(活動基盤整備支援事業、寄附募集支援事業、融資利用円滑化支援事業、普及啓発事業)を「中間支援組織」へ委託します。』とのことですが、ここでいう「中間組織」に当たる組織は、県内では、極めて限られており、「委託」されれば、それゆえ本当に責任が、重いと言わざるを得ません。 でもなぜ、「協働」でなく、ここは、「委託」なのでしょう? さらに、Aですが、『多様な担い手が協働して自らの地域の課題解決に当たる仕組みの下、NPO等、地方公共団体及び企業等が協働する取組に対して補助します』とのことですが、ホームページの公表は、4月18日で、募集期間は、「平成23年4月19日火曜日から平成23年5月19日木曜日まで」。 しかも、条件の中に、『事業の実施にあたり、多様な担い手(NPO等、企業、行政を含み、その構成メンバーは概ね5団体以上とする。)が協働して、自ら地域の諸課題に当たる仕組みによる会議体を立ち上げ、新しい公共による取組を進めるものであること。また、事業成果が一時的なものとならないように、事業終了後も会議体を活用した取組を継続させること。』と、あります。 そもそも、「新しい公共」の担い手のNPO等が、必ず「行政と協働」することが求められること自体が、NPOの本旨からすると、合い矛盾するのではないか? あるいは、本来は、官が担うべき部分まで、「新しい公共」として、委託(下請け?)されることにならないか?この期間で、この条件に対応できるNPO等は、これもかなり限られるように思います。 「必ず行政を含めた多様な担い手が協働」するという、この条件は、国からの指針とは言いますが、地方行政からは、安全弁のようではあります。ただ、本当は、絶対条件とは、違うのではないかな。 そもそも、基本的に、行政には、NPOが、選択的納税の対象として、行政と対峙する可能性すらある、それでも支援するという覚悟がいると思います。 そこで初めて、行政とNPOの対等の協働関係が成立します。 もっと言えば、アメリカの二大政党の政権交代においては、行政とNPOが、まさに総入れ替えするぐらい、NPO側に、力があるのだと思います。特に、行政と新しい公共の人材は、常に入れ替わる可能性があるということです。 ライバルの存在によって、行政には、緊張や、無駄を排する努力、お役所仕事の排除という意識が生まれてくるのではないでしょうか。 さらに言えば、行政とNPOとの人事交流が行われるぐらいになって初めて、協働は成立するのではないか。端的には、NPOの人材を行政の担当課のトップに据えるぐらいのことがあって、時代の流れに沿って、行政サービスも大きく変化するように思います。 それは、市民には、決して悪い話でありません。 さもなくば、専門性や機動性があるNPOや新しい公共の成長に伴い、いずれ、行政は、ただの行政サービスの発注機関に過ぎなくなるのではないでしょうか。そこに、公務員の終身雇用という保障もなくなってくるかもしれません。代替が、あるのですから。 「新しい公共」の話は、地方行政の創造的解体に結びつくぐらい、本来は、行政には怖い話なのです。 論理的帰結はなんなのか、NPO支援と協働への覚悟が、問われています。 ただ、市民社会の成熟ということはありますが、一方で、我が国の歴史、文化、伝統という本筋もしっかりと守っていく必要があると思います。 少なからず、保守系の議員には、なぜか「市民」という言葉に抵抗があるのは事実であり、裸の個人主義を掲げるのではなく、日本人として、思いやりや優しさや潔さがある成熟した市民でなければ、バラバラになってしまう恐れも感じます。 また、少なくとも、NPO支援以上に、地域コミュニティを支えてきた既存の団体の支援を行う必要があることは、強く申し上げたく思います。 | ||
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