2007年11月21日(水) 【汚れちまった悲しみに】

 これから恒例の駅前西口の街頭演説に。

 昨日は、岡山JCブロック協議会OB会に、石井知事が来られて講演されました。
 どうしても、JCOBというより、議員の耳になりますが、倉敷チボリ公園に関しては、実に苦しいハードルを越えて、答を出そうとされる胸の内が、多少ですが理解できた気がします。
 特に、地方主権の中での方向は、同じというか、ついて行かせて頂いているのですから。

 見出すべき答があり、それ以上に、踏んでいかないといけないといけない煩雑、複雑怪奇な手続きの中で、「泥を被っても」という思いは、強く感じましたが、あとは、議会がどう理解するかです。
 言葉は不適切ですし、おこがましいですが、せめて私は、味方でありたいと思います。
 根っこの根っこに、私心がなければ、物事が、大きくぶれることはないと信じます。

 政治家である首長の立場と、議会というひとつの合議体の構成員にすぎない議員の立場は全く異なります。
 常に、自分が首長だったらどう考えるかを考えて議員をするようにというのは、逢沢代議士の教えですが、一人の人間に、異なる意見が集約する中で、調整し、決断する、その孤独さは、議員の理解を遙かに超えていると思います。

 ともすれば、寄らば大樹であるとか、大勢に流される中で、そういう孤独感に耐える強さを私も自分の中で、醸成したいものです。


 本日は、街宣後、明日の委員会の委員長レクに、ある団体の陳情書提出。さらに、産業労働警察委員会と続きます。

 そして、昼の政務調査会で代表質問についての協議もそこそこに、山口市に向かいます。自民党青年部局の中国ブロックの会に、岡山県連青年局長として、出席します。
 本日は、山口泊まりで、明朝の行財政改革・道州制等特別委員会に間に合うように帰岡致します。

 3期生の勉強会や、第4回倉敷チボリ公園検討委員会や、実になにやかやあるのですが、多分、今夜は、中原中也の詩を「ゆあーんゆよーん ゆやゆよん」と風呂で歌っていることでしょう。

 タイトルは、中也というだけで、意味がありませんが、悲しく好きな詩です。

 さぁ、本日も頑張っていきましょい。

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