2007年9月19日(水) 【白熱のチボリ議会】 | ||
一般質問2日目。登壇6人中4人が、倉敷チボリ公園を取り上げるという、さながらチボリ議会。党派に関係なく、知事の責任追及から閉園を視野に入れる議員と存続を願う議員と半々。
潰すも地獄、残すも地獄?あと3日も、チボリだらけ? 私は、委員長という立場を除き、個人としては、いかなる形であれ、チボリの森の存続を願っています。経済効率、経済効果だけで、失政として、何もなかったことにする、そう言い放つことはしたくありません。 今後どういう形で、県費が投じられるにせよ、これ以上の過度の税金投入を避けるにしても、後楽園や総合グラウンドにも維持費は掛かるわけですから、公園が存続すれば、都市公園に該当する部分については、県からの支援があっても良い(端的には、地代の一部負担など)のではないか、と思います。 少なくとも、知事を責めあげて、決断を迫り、閉園に追い込むのが、議員の仕事であるとは、どうしても思えないのです。 大所高所から県政を論じなくてはいけませんが、「ほら、私の言った通り、破綻したろ」と得意げに言っても、始まりません。それは、地域への愛情がないからそう言えるのかも。 むしろ、更地にしない対案をどんどん出すべきではないでしょうか。私は、知事と倉敷市長のやりとりは、執行権の範囲内で、オープンにしただけでも議会軽視とは思わないし、議会は議会の考えを出すべきだと思います。それは、倉敷市議会も岡山県議会も同じです。今は、「閉園説」と「知事の考え聞きたい説」しかありません。 言うまでもなく、倉敷の文化として根付きつつある公園を白壁や商店街とも連動させながら、地域活性化の起爆剤にいかに使うかこそが問題で、ペンペン草の生えた民間のチボリ公園跡地を倉敷駅前に、再び放置させても仕方ないのです。 じっくり聴いていると、知事の答弁も、含みがあって、ある意味、政治的にはおもしろいというか、よくできているな、と感じるようになりました。多分、これ以上の議論は、県議会でしても、答弁は返ってこないかも。 説明責任は、十分に果たしていると言われれば、違いますとも言いにくいです。 どういう答を県が出しても、倉敷市側からの反応はあるわけで、直接の当事者である倉敷市側の意思を最大限尊重しているのだと言えなくもありません。 知事が、おっしゃられたいのは、 『経緯はどうあれ、倉敷市民は、倉敷チボリ公園をどうされたいのでしょうか?その御希望に、県は、出来る限り応えます。もちろん、倉敷市民が必要ないと言われるならば、閉園にして、更地にするしかありません。 ただ、それではあまりに忍びなく、規模や形態を変えたとしても、あるいは、一部を商業施設にしてでも、なんとか、残したいとは思っています。どうか知恵を出して下さい。』 ということで、おそらく、『ついては・・・もしこういう判断なら、県はこうして、こういう判断なら、こうして・・・』という条件が、もう少し細かく行政間で、話されているような気がしてきました。 そこまで詳細に言えないのも、執行権の範囲内でしょう。我々が賛否の表明が出来るのは、予算や議案になってからです。 ともあれ、来春の倉敷市長選挙や議会内部の状勢など、地元外の議員には分からないところがあります。かえって地元の議員の方が発言されにくい面もありますが、他所から、ちゃぁちゃぁ言うのを聞くのも、気持ち良くありません。 まずは、議会は議会で、元気な閉園の主張が我が党内でもある一方で、逆に、一部商業施設化、マンション化など、別の視点からの提言も必要です。 委員長でなく、一般質問が出来るのならば、自由に書いて良いのですが、委員会が始まる前の「その2562」の5月頃には、下記のように自由に書いています。 『税金投入を辞めて精算し既存施設は民へ。公園部分を残し、柵を取り、出入り自由の事実上の県民市民公園にし、オールドコペンハーゲンの街並みは、ショッピングモールとして残し、その他の建物の類は、駅から歩いて1分の抜群の立地条件の、しかも、広大な庭園(大観覧車あり)つきの高層マンションにすべきではないか』。 | ||
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