2007年6月7日(木)
【やるんなら、とことんやろう政令市】

 本日は、本会議一般質問がらみの動きも加えて、昨日までの政令指定都市の調査を受けて、各所へ連絡および訪問。課題は少しでも、解消しておきたいゆえに隠密行動も。

 夕刻前から、「政令指定都市移行を目指す岡山市政に関する懇談会」が開催され、我が党の1名を除き、岡山市・加賀郡選出の全県議が出席。市長、副市長以下岡山市担当幹部が出席され、マスコミも入り、オープンの会でした。

 我が党の独自の動きも含めて、ここまでのこういう一連の動きは、各党のスタンスこそ違えども、筋を通す県議会らしく本当に好ましく思います。
 どうあれ県議会は、やるべきことはやるのです。

 岡山市サイドから日程等が説明され、最大懸案の人口要件未達よりも、時間の短さ、償還金の分担の問題、財政状況も踏まえた上での行政能力の問題などの指摘が、やはりありました。

 それでも、少なくとも県議会が否定的というニュアンスには、報道されないと思います。


 さらに、市議会議員の先生方や市職員の方々が、我々よりも、もっともっと熱い思いで、突破して頂くしかありません。
 特に、市職員の方が、担当以外どこまで本気かが、伝わってきませんが、自らの行政能力が問われているチャンスです。


 これはもう、もっともっと本気で、ある意味、狂って進む人間が何人もいないと、到底実現しない夢であり、冷めた岡山の県民性が、最大のネックになる可能性があります。傍観していては駄目なのは、ファジアーノ岡山のJリーグ昇格と同じなのです。

 私達の岡山は、試されているのです。
 浜松は、「やらまいか」、静岡は、「やるまいか」と言われますが、岡山は、「やるんならやればぁ、わしゃ知らん」では困ります。
 ここから梯子が外されたら、私は、やっとられません。暴れるかもしれません。



 私も、言うべきは申し上げました。新聞にはどう出るか分からないので、私の発言要旨は、私が、お伝え致します。

 まずは議会サイドに、結果として、議論を封じることになったかもしれませんが、下記のように申し上げました。

 「この2週間で、新潟、浜松、堺を回り、今後起こりうる課題については1時間でも話せるが、まずは、我々県議会議員は2ヶ月前の選挙で、政令指定都市については、各々スタンスを明確にして、ここにいるはずではないのか。今さら勉強しますも、ない。

 また、研究会を作ること自体は良いことだとは思うが、我々県議会議員は、まずは、70万人で政令指定都市になっても、100万人都市にするにはどうしたら良いのか、また、県南に政令指定都市が生まれて、岡山県において、また中四国州において、その位置づけをどう考えるかを議論すべきであって、区割りがどうだの、区役所の位置がどうだのは、我々県議会が議論すべきことではない。」


 また、市当局には、おこがましくも下記のように申し上げました。

 「腹は十分に括っておられると思うが、もしも、69万7000人で、政令指定都市になれないとしたら、岡山県は、岡山市は何をしているのかと、全国に恥を晒すことになる。今さら、決して、ひくわけにはいかない。

 我々は、県議会議員であり、岡山市に有利な扱いを求められても、結果として、岡山県が、あるいは、岡山市以外が損をするということになるのならば、そういう判断は議員としてはできない。

 政令指定都市になるのは、経営判断でも、行政判断でもなく、政治判断である。仮に、5年間、政令指定都市になったことで、岡山市の財政が厳しくなったとしても、10年後20年後に、あの時こういう判断をして貰って良かったという視点で考えるべきである。

 また、政令指定都市になったら、風格が上がるのではなく、風格があるから、政令指定都市になるのである。中核市において、都市経営が立派に行われているから、政令指定都市になるのだという視点は、忘れないで頂きたい。」



 ただしかし、最も大切なこと、すなわち、政令指定都市になったら、どんな夢があるのかが、しっかりと市民の皆様に伝わっていません。そこに、この議論の迫力のなさを感じるのも事実です。

 やはり本当は、倉敷との強固な連携こそが、都市間競争に勝ち抜いていく、最高の方策であるという議論には、否応なく進んでいくことになるでしょう。これは、県議会議員が言えば良いことです。

 いかに100万都市を目指すのか?という総務省の壁は、さもないと、越えられないかも。ちなみに、政令指定都市になるまでに、総務省に、市・県が通う平均は、50回程度だそうです。
 協力的な県のハードルは、そうは言っても、原則禁止・限定解除の国よりも、はるかに低いものです。



 下記は、36歳の頃、6年前の記述です。この時は、政令指定都市や道州制の話がまだなかった頃で、Jリーグのサッカーチーム名を「ボッケェ倉岡」と考えるあたりに、センスのなさを感じますが、議員3年目で、フレッシュでよろしい。

 ただ、70万人岡山市が政令指定都市になった後、本気で、中四国州の州都を目指すなら、私は、こういう道もあると思います。あるいは、夢というのは、こういうことなのかも、と思います。
 そして、これが、岡山市の合併の形がこうなるまでの終始一貫の主張でした。

 ともあれ、まずは、70万人で政令指定都市実現!

(参考)
《2001年6月25日(月)【20年後  岡山・倉敷合併構想】》
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 何回一般質問しようが、わざわざセミナーを開こうが、選挙に勝たなきゃ意味がない。もう少し、大衆迎合的な路線を行くのが良いのかもなぁ、と思いつつ、夜の岡ビルの中で、シャッターにセミナーのビラを差し込む梅雨の中休みの夜。

 金や名誉が欲しいわけではないが、さて、誰でもできることをやるのはつまらんことよなぁ、私でないとできないことも、ありそうなもんだがのぉ。

 この頃は、「こころ」には、書いていませんが、職員や議員の方と飲む(というより語る)機会が多くなりました。いたって地味にですが。
 話していて感じることは、突き詰めれば、ひとつ。
 ・・・・・・・県は、いらんのではないか。県議会議員もいらない。
 あまりに無駄が多すぎる。やっぱり、壊すべきだ・・・・・。


 そもそも、県議会議員に出馬するに当たり、なぜ市議でなく、県議なのか、なぜ自民党なのか、と尋ねられたら、「番場 蛮です!」と答えていたわけですが、本当に県はいらないのではないか、と益々思うようになりました。

 誰もたいして言いはしませんが、市町村合併の当然の帰結として、それが成れば、県がいる道理がありません。少なくとも、調整役としての役割は大きく変わらざるを得ないでしょう。


 例えば、20年後。友紀が二十歳になった頃、私は、56才。もしも、県議をしていれば6期目で、既に議長経験者でしょう。今の仕組みなら。
 その頃の岡山県はどうでしょうか?まだ、石井知事でしょうか?いや、県があるでしょうか?市町村合併、広域合併は、どう進んでいるでしょう?
 あるいは、どんな岡山県の姿を望まれますか?


 個人的には、2つの中核市、岡山市と倉敷市が、相変わらずくだらない張り合いを続けていれば、岡山県は、たいしたものにはなっていないと思います。
 しかし、逆に、中核市岡山市と中核市倉敷市が対等合併し、倉岡市(仮称)という100万都市、政令指定都市が誕生していれば、間違いなく中国地方の雄都、倉岡を中心に、岡山県は、爆発的に伸びていると思います。


 倉岡は、京都、大阪、神戸、広島、北九州、博多と並ぶ、巨大都市。
 南には、コンビナート、水島港を持ち、北には、倉岡空港やマスカット・バレイというIT技術集積地。吉備路、後楽園、チボリ公園、美観地区という大観光ゾーンも持っています。
 自慢ではないですが、ちょっとお洒落。

 交通の結節点として、山陰と四国を結び、関西圏、広島とは、新快速で結ばれます。高速道路も縦横無尽で、まさに陸、海、空の物流拠点。
 そして、2眼レフの支店経済を形成しています。

 市役所所在地は、全国的にも有名な旧倉敷地区。旧岡山地区には、県庁が残りますが、2地区は、新交通システム(ないしは、地下鉄)で、20分の距離です。さらに、大環状線ができていますので、行き来は極めて容易です。

 当然区制ですので、西大寺区、城東区、中央区、岡北区、岡南区、北区、水島区、玉島区、児島区、倉敷区の10区に分かれています。
 区議会議員は、30人もいれば、充分すぎるでしょう。
 簡単な行政サービス、行政手続きは、どこでも受けられるので、支所は、各区にひとつです。

 倉岡周辺には、多くの衛星都市が、点在し、結ばれています。

 倉岡マスカット・スタジアムは、プロ野球チームのファームの本拠地であり、旧岡山地区の操車場跡地にできたサッカー・スタジアムは、Jリーグに所属の「ボッケェ倉岡(?今イチ!)」のメインスタジアムです。

  ・・・・・・

 三木知事以来の100万人都市構想。
 ちょっと再燃させてみたいものです。


 「反対勢力」は、旧岡山、倉敷市議と県議。職員は、解雇されなければ、政治判断には、従わなくてはいけません。


 なってみたいな、倉岡市長。(末藤県議は、赤磐市長。)
 政令指定都市なら、県と対等です。


 さて、表町にビラでも配りにいこうか〜。

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