2002年6月30日(日) 【西大寺】

 岡山市の政令指定都市化について話していたところ、あるベテラン市議より、「県議会議員が、岡山市の事に口を出すな」、と、公衆の面前で、罵倒されたことがあるため、中心市街地以外には、岡山市の施策について、とやかく申し上げるつもりはありません。

 しかし、岡山県としてみた場合、西大寺地区の再活性化なくしては、東備、ひいては、岡山県の発展はない、と私は思っています。


 とりわけ、県議会で、岡山市と倉敷市とのツインシティー構想は語られても、県都岡山市内における岡山と西大寺のツインシティーが言及されることは、殆どありません。
 このことは、倉敷市の児島地区選出の議員が、必ず児島のことに触れることと比較しても、非常に残念なことです。

 また、政令指定都市への移行を前提とした岡山市を中心にした市町村合併の話が進む中で、実際に、岡山市と合併した西大寺「市」の状況は、玉野市その他の町の未来を占うことにもなります。


 本日は、市職労主催の「私たちのまち西大寺を考える市民のつどい」が開かれました。旭川以東は、「選挙区外」ですが、お邪魔させて頂きました。初めての試みであるとの事で、様々な観点から、西大寺が語られました。

 が、しかし、岡山市中心部と同様、まだグラウンドデザインが描き切れていないのかなぁ、と感じました。また、どうしても、良い意味で、「西大寺市」を感じます。


 岡山市の言葉を借りれば、『東備地域の拠点都市として,西大寺の特性を生かしつつ,「西大寺らしい」魅力あるまちづくりを進めていくために,「明治・大正の面影を21世紀に伝えながら,確かな未来に向け国際・福祉都市の息吹を感じる東備地域の拠点づくり」これを基本理念に、「五福を誘う元気な街」を活性化の「目標」として設定』しています。

 そもそも、西大寺地域は、昭和44年までは西大寺市として独立の行政区域であったため、現在においても、まとまりのある生活圏域を形成しています。

 また、東備地域沿岸部の長船町、邑久町、牛窓町(邑久3町=邑久市?)といった諸都市よりも、人口規模が大きく、西大寺地域中心市街地は、こういった東備地域の拠点としての役割も担っています。

 西大寺全体の人口は、岡山市の約1割を占め、増加傾向にあるものの、西大寺中心部では、合併直後と比較して半分程度にまで減少し、空洞化が進んでいる状況です。

 加えて、西大寺中心部の高齢化率は、岡山市全体、西大寺全体に比べて、高い値を示しており、高齢化が進んでいる状況にあるようです。

 商業の状況は、大型店舗の増加により従業者数は、増加傾向にあるものの店舗数は減少。さらに、交通利便性の高い幹線道路沿道への店舗立地は増加していますが、西大寺中心部の店舗は減少傾向にあり、空き店舗が増えている状況です。

 そこで、観音院周辺と西大寺地域活性化の起爆剤となる新拠点としてのカネボウ跡地を二つの核として、重点地区と位置付けて、これを中心として既存の商店街へも波及させていき、街の求心力を向上させていく、という方向が示されています。


 ただ、ある意味で、最盛期は、2500人もの雇用があった、あのカネボウ跡地は、平成5年10月操業停止後は、一時期の操車場跡地に近い状況で、キッズミュージアム白紙撤回後の具体的利用策は、まだ、煮詰まっていません。

 業界的には、西大寺の人間しか、西大寺では選挙に出られないし、西大寺のことは、語ることができない、ということが言われています。
 私が、中心市街地の問題を「中心市街血」と血の問題にしてしまうように、それは、ある意味当然です。それだけの、歴史と伝統がある地域です。

 だからこそ、なおさら、西大寺の素晴らしさを叫ぶ西大寺の底力に期待したいところです。もちろん、交通体系がどうなのか、道路は、どうなのか、岡山県としても、すべきことがあります。それを引き出す力が欲しいところです。


 岡山市と旧西大寺市の二眼レフが、うまく呼応、機能、切磋琢磨して、初めて、政令指定都市の話も、州都岡山も、現実味を帯びると思います。
 区制を前提にするなら、なおさらです。西大寺は、まだまだ、いけるはずです。頑張れ!西大寺!!


 私の選挙区は、岡山市第一選挙区で、西大寺に、ちょくちょく出掛けるわけではないですが、その動向が、本当に気になります。

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