2001年6月25日(月) | ||
【20年後 岡山・倉敷合併構想】 | ||
何回一般質問しようが、わざわざセミナーを開こうが、選挙に勝たなきゃ意味がない。もう少し、大衆迎合的な路線を行くのが良いのかもなぁ、と思いつつ、夜の岡ビルの中で、シャッターにセミナーのビラを差し込む梅雨の中休みの夜。
金や名誉が欲しいわけではないが、さて、誰でもできることをやるのはつまらんことよなぁ、私でないとできないことも、ありそうなもんだがのぉ。 この頃は、「こころ」には、書いていませんが、職員や議員の方と飲む(というより語る)機会が多くなりました。いたって地味にですが。 話していて感じることは、突き詰めれば、ひとつ。 ・・・・・・・県は、いらんのではないか。県議会議員もいらない。 あまりに無駄が多すぎる。やっぱり、壊すべきだ・・・・・。 そもそも、県議会議員に出馬するに当たり、なぜ市議でなく、県議なのか、なぜ自民党なのか、と尋ねられたら、「番場 蛮です!」と答えていたわけですが、本当に県はいらないのではないか、と益々思うようになりました。 誰もたいして言いはしませんが、市町村合併の当然の帰結として、それが成れば、県がいる道理がありません。少なくとも、調整役としての役割は大きく変わらざるを得ないでしょう。 例えば、20年後。友紀が二十歳になった頃、私は、56才。もしも、県議をしていれば6期目で、既に議長経験者でしょう。今の仕組みなら。 その頃の岡山県はどうでしょうか?まだ、石井知事でしょうか?いや、県があるでしょうか?市町村合併、広域合併は、どう進んでいるでしょう? あるいは、どんな岡山県の姿を望まれますか? 個人的には、2つの中核市、岡山市と倉敷市が、相変わらずくだらない張り合いを続けていれば、岡山県は、たいしたものにはなっていないと思います。 しかし、逆に、中核市岡山市と中核市倉敷市が対等合併し、倉岡市(仮称)という100万都市、政令指定都市が誕生していれば、間違いなく中国地方の雄都、倉岡を中心に、岡山県は、爆発的に伸びていると思います。 倉岡は、京都、大阪、神戸、広島、北九州、博多と並ぶ、巨大都市。 南には、コンビナート、水島港を持ち、北には、倉岡空港やマスカット・バレイというIT技術集積地。吉備路、後楽園、チボリ公園、美観地区という大観光ゾーンも持っています。 自慢ではないですが、ちょっとお洒落。 交通の結節点として、山陰と四国を結び、関西圏、広島とは、新快速で結ばれます。高速道路も縦横無尽で、まさに陸、海、空の物流拠点。 そして、2眼レフの支店経済を形成しています。 市役所所在地は、全国的にも有名な旧倉敷地区。旧岡山地区には、県庁が残りますが、2地区は、新交通システム(ないしは、地下鉄)で、20分の距離です。さらに、大環状線ができていますので、行き来は極めて容易です。 当然区制ですので、西大寺区、城東区、中央区、岡北区、岡南区、北区、水島区、玉島区、児島区、倉敷区の10区に分かれています。 区議会議員は、30人もいれば、充分すぎるでしょう。 簡単な行政サービス、行政手続きは、どこでも受けられるので、支所は、各区にひとつです。 倉岡周辺には、多くの衛星都市が、点在し、結ばれています。 倉岡マスカット・スタジアムは、プロ野球チームのファームの本拠地であり、旧岡山地区の操車場跡地にできたサッカー・スタジアムは、Jリーグに所属の「ボッケェ倉岡(?今イチ!)」のメインスタジアムです。 ・・・・・・ 三木知事以来の100万人都市構想。 ちょっと再燃させてみたいものです。 「反対勢力」は、旧岡山、倉敷市議と県議。職員は、解雇されなければ、政治判断には、従わなくてはいけません。 なってみたいな、倉岡市長。(末藤県議は、赤磐市長。) 政令指定都市なら、県と対等です。 さて、表町にビラでも配りにいこうか〜。 | ||
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