2011年9月29日(木) 【金太郎飴の街にしない】

 本日は朝一で、浦安で街宣。南区で、中心市街地落書き一斉消去の相談。

 愛に容量はないので、愛する街が広がっていくだけのことですが、私のふるさとは、中心市街地であることは間違いありません。
 その中心市街地で、今、いろんなことが起きています。ただ、その中で、せめて急増している落書きを消すことしかできないような自分に、もどかしさを感じています。

 先日、JR岡山駅前横の林原モータープールに、イオンモールが、大型ショッピングセンターの建設計画を発表しました。

 そうでなくても、倉敷チボリ公園跡地に、11月25日に、イトーヨーカドーが、食品スーパーと専門店の計122店で構成するショッピングセンター「アリオ倉敷」を、同敷地内に、12月1日に、三井不動産が、ブランド品など割安販売するアウトレットモール「三井アウトレットパーク倉敷」をオープン予定。

 特に、後者については、アクセス道路を含めて、インフラの重要部分について、岡山県民の税金が投入されていることは否めません。前者についても、私の個人的な意見は、行政が土地を押さえておくべきだというものでした。いずれも、直接、間接に、県行政が、関連しています。

 そして、岡山と倉敷が目指すべきは、二眼レフの街ですから、否応なく、倉敷が変われば、岡山の街の風景も、一変することになります。これは、中心市街地や岡山市北区レベルの話でなく、他の区や周辺市町村にも、大きな影響がある話です。
 敢えて言えば、倉敷チボリ公園の閉園は、岡山の経済も、こうしてさらに影響を与えることになったわけで、県が関係ないはずがありません。

 知事が能天気に、「共存共栄を」と歓迎のコメントを笑顔で出すこと自体に、私の一番近い気持ちは、怒りかもしれません。感想として、「街が賑やかになって良いですね!」と単純に言える若い一般消費者ならまだしも、政治の長として、諸手を挙げて喜べる感覚は、理解不能です。



 「近江商人」を行政が求めても、全国大手には、地場との共存共栄は、関心事ではないし、それを責めることもできません。街の個性が、重要なわけでもありません。全国の中の○○店なら、その売り上げを上げるために全力を尽くす、それで良く、当然です。

 「ようこそ岡山へ」と、いかにも、商売をやったことがない人のコメントには、呆れました。だいたい責任者、当事者の一人であり、他人事ではないはずです。


 時代の流れを、破壊と創造とするならば、少なくとも、岡山と倉敷の街に、これから起き得る事に、県の政治責任もあります。

 PBも抱える大量販店に対して、雇用の「創出」の一方で、ひいては雇用の「喪失」も生まれ、商店街やサービス業のみならず、地場の物流にも、製造業にも影響を与えますが、国益のように、県益、地方益もあるということに、政治関係者が、あまりにも危機感が無いと言わざるを得ないです。

 共存だ、競争だ、活性化だと言ってみたところで、行政が、当事者のように、血反吐を出すわけではありません。何を綺麗ごとを言うとんならという話です。


 しかし、少なくとも、こうなると岡山市、倉敷市の商店街も、雨にも濡れないショッピングモール内にある回遊性をどのように、街全体に拡大させるかが、最重要課題になります。

 いずれにしてもはっきりしているのは、JR岡山駅、駅地下、さんすてが巨大な軸になる中で、駅から地下道直結のショッピングモールが来る事が決まったからには、「通り」のあり方、公共交通機関、駐車場・・・・・次の手を考える以外にありません。その際、岡山の歴史、文化、伝統、すなわち、それこそが個性ですから、それをどれだけ強調していけるのか・・・。
 そこに行政の役割も、あるはずです。手を離すことを私は絶対に許しません。

 まさに、岡山の文化力が問われますが、「桃太郎の街」が、全国どの街に行っても、商品構成すらさして変わらない、コンビニエンスストアと同じように、全国どこにでもある「金太郎飴の街」になってしまいます。

 それでも良いと思えるなら、岡山なんか潰れてしまえというだけのことですが、家族の思い出まで含めた地方の暮らし、地方益、そうした地方を守る地方保守議員としては、絶対にそういうわけにはいかないです。

 浜田省吾=『路地裏の少年』
   http://www.youtube.com/watch?v=MQkOJFNq3sc&feature=related

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