2005年3月21日(月・祝) 【大岡山市誕生!】

 本日は、午後から、岡山市・御津町・灘崎町合併記念式典。明日からいよいよ大岡山市が誕生します。
 まずは、御津町、灘崎町の方に、合併して本当に良かったと言って頂けるかどうか、それが、成功かどうかのひとつの判断基準です。


 それにしても、市長、町長はじめ関係者のご労苦には、心から敬意を表させて頂きます。まさに歴史的偉業です。
 私自身が、ご労苦の種として、それがシビアに分かります。まさに、合併に至るまでに様々な人間ドラマがあり、私も、県議会議員でありながら、良くも悪くも非常に関わったということで、ある種の感慨もあります。

 どうあれ、この一大事に、エピソードの一つも提供し、私自身が、ズタボロになったことについては、長い目で見れば、良いことでした。傍観者ではなく、ともかくも参加はしましたから。



 「難産の子は大きく育つ」ということで、経緯はどうあれ、岡山市は、政令指定都市を目指さねばなりません。さもなくば、合併する意味はないとまで言えます。もはや絶対に引いてはいけませんし、やるからには、全面支援をさせて頂きます。

 国も応えるべきです。というか、運用を変えずに、法を遵守して、地方自治法通り(50万)にすれば良いと思うのですが。



 ただ、我々県議会議員の仕事は、国と戦いながら、基礎的自治体に権限委譲し、県自らを破壊して、州に再構築させることにあります。今度は、道州制を目指す我々の出番です。こっちはこっちでやるべきことがあります。

 岡山市は、政令指定都市に向け、岡山県は、中四国州を実現し、州都を誘致する、そのロマンへのあくまで、一里塚です。
 県議会議員には、県議会議員の任務があります。


 ところで、千田県議会議長が、中四国州の州都を目指す中で、堂々の100万都市としての岡山市・倉敷市の合併に触れられたことは、さすがだなぁと思いました。私は、よく「ご指導」を頂くのですが、議長ほど、本気で勉強をされている議員はいないと思います。

 州都争いで、本気で、広島市と勝負するなら、それしかないと思います。もともと、私は、岡山・倉敷合併で政令指定都市を目指すべきだと言っていたので、公式の場で、一つの可能性としてではありますが、それが触れられた事に、単純に喜んでおります。

 連携が苦手な岡山県人気質で超えなくてはいけない最も高い壁ですが、これを越えないと未来がないとすれば、どうしますか?

 ここまで広くなったのですから、やるならば、とことん大岡山市、大倉敷市で行けば良いのでは・・。行政区で割れば良いのですから、広いこと自体は必ずしもデメリットではありません。

 これなら広島市には、絶対に負けません。


 もっとも、政令指定都市がらみの発言は、守備範囲逸脱で、また袋にされるのもなんなので、もう致しません。
 どうあれ、県議会議員としての我々がまずすべきは、四国、端的には、香川自民党へのアプローチです。

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