2002年1月13日(祝・月)【「県を動かそう」】

 お寺さんの講で、いわゆる法難で、市中引き回しの刑の法話を拝聴するにつけ、お題目でも、念仏でも、宗旨をコロコロ変える政治家の姿が、政治不信を増長させているように思いました。
 しかし逆に、市中引き回しになろうが、己の信念に従い主張していかないといけないこともあると鼓舞もされました。

 気がつけば、できることとして、15回の一般質問を重ねながらも、議会という組織に入れば、知らず知らずのうちに、枠に入っているようにも感じます。
 県議会議員の一人として、あれ以上、これ以上、できたこと、できることはなんだったのか、私に投票して下さった方が、一番望んでおられたことがなんであるのか、自戒します。

 しかし、結論的には、定数56人で、多数決制民主主義、政党政治を模する県議会において、根本的に、何をどうすれば、良いのか。要は、選挙で、とりあえず、人を替えてみるというのは一つの可能性です。そして、変えたいと思う勢力を増やすことです。

 ところで、私は、次世代の担い手たらんと思いこそすれ、自分が替えられる対象であるとは思っておりません。あしからず!!


 一方、事実上の決起大会である市長の新春の集い。感服の一言の大盛況でした。そうでなくても一番強いと言われる2期目の首長選挙に、着実に改革の成果を出された市長の絶大なる個人的な人気が加わり、わんさわんさと立錐の余地のない状態。雰囲気も素晴らしかったです。

 特に、動員ではなく、単位町内会長を含めた地域の方が詰め掛けられ、市長の任期4年で、「岡山を動かそう」という市長の選挙時の公約のように、確実に「岡山が動いた」ことを岡山市民の誰もが、認められたということでしょう。

 かなり生意気を申し上げますが、個人的には、小学校の統合問題等一部不満や不安も残りますが、トータルとしては、賞賛に値する見事なお働きであったと、岡山市民の一人としても、拍手を送らさせて頂くものであります。


 翻って、県議会議員の仕事っぷりほど、分かり難いものはなく、ぐれてしまいたいような気持ちになりました。正直、いじけています。
 どころか、3月23日の市長、市議選挙の3週間後の4月13日の県議選挙を皆様は覚えて下さっているのだろうか。単純に、国政選挙の前哨戦として、政党選びになっていないかしら、と危惧します。
 それよりも、ご協力頂ける方が、おられるのだろうか、と、いよいよ不安も出てきます。

 その中でも、それでも、次は、「岡山県を動かそう」ということになります。


 おそらく、この市長・市議選挙選を通じて、岡山市の政令指定都市化について、是とする市民合意もできるように思います。演説に乗せやすい内容であるため、多くの候補者が、夢として語られると思います。

 今日の県知事の応援演説では、敢えて、政令指定都市の「せ」の字も言われませんでしたが、県議会議員選挙では、避けて通られない内容です。

 ちなみに、市長の後援会ニュースには、合併・政令指定都市移行の効果として、「将来、中四国州・西日本州に州都の名乗りを上げることができます」とあります。
 この時に、県という組織は、どうなっているのでしょうか?

 実は、これこそが、岡山県議会議員にとっても、いずれ県という組織がどうなろうとも、語って行くべき夢の部分だと私は思っています。
 「県を動かそう」という意味は、憲法改正まで必要な地方政治制度の大改革を意味します。慣例打破とかいうレベルの話ではないのです。
 私も、その夢を語りたいと思います。

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