2010年3月14日(日) 【夢のロケット】

 本日は、これから南方面隊消防操法訓練大会にお邪魔してから、春にある備前市議会議員選挙に向けて、吉永の現職の事務所開きに伺います。

 同議員は、まさに、ファジアーノ岡山創世期に、最初に井戸を掘った方の一人です。「岡山からJリーグを!」の夢を掲げて、NPO法人岡山ヒューマンスポーツクラブがありましたが、商工会議所に事務所ができるまでの間は、同議員と当時の職場が同じだったということもあり、実は、亡父の従兄弟の自宅の一室、富田町に事務所がありました。
 私財を投じ、仕事以外の時間を全て夢に費やされていましたから、こういう方こそ議員に向いていたと思います。

 私が、本会議場で、ファジアーノ岡山の支援を申し上げたのは、比較的早い平成17年2月定例会でしたが、そもそも、当時は、倉敷市の職員であられた議員と叔父さんに、熱い思いを伺ったからです。一木会前夜のことです。
 実は、平成16年より以前の歴史の中にも、本当に多くの夢やロマンや汗が詰まっているのだと思います。


 時々思うのですが、人にはそれぞれに役割があって、ロケットを打ち上げるようなものです。

 おそらく、人知れず行われる最初の1段目を上げるのが一番難しく、我々議員が関与するのは、せいぜい多分、2段目からだと思います。
 そこから、3段目、4段目と上がって、軌道に乗せれば、勝手に動き出すかもしれませんが、どこが楽といえば、きっと、どこも楽ではないですし、いずれも役目が終わったら、公海上に落下する運命です。
 ただ、そこから、最後に残った衛星を皆で見上げれば良いのです。だから、誰の物でもなく、みんなの物になります。

 突破する信長、飛躍させる秀吉、安定させる家康。どの時代に、どんな人物が必要なのか、自ずと時代の要請がありますが、そこに自分がはまるかどうかは、神の差配です。

 少なくとも、ファジアーノ岡山のロケットは、もっともっと高く高く上がって行かなくてはいけません。100年続けるというのは、きっとそういうことでしょう。誰でも、誰もが、できることをやる。


 そして、多分、私は、上がってからどうと言うよりも、新しいロケットをいつも上げたがっているタイプ。
 ある意味、計算せずに行う無責任さもあると思いますが、良いも悪いも、そういう役割の者です。だから常に、変わらずに変わっていかなくてはいけません。


 本日は、その後、灘崎のひょうたんまつりに行き、山田候補と一部合流して、明朝早朝の大会に備えて、広島に参ります。

『遠く遠く』http://www.youtube.com/watch?v=Wikh3LXwgts

Copyright (c) 2010 SHINJI SATO Inc. All rights reserved.satoshin.jp