2003年9月6日(土)
【ロシア特別編5 共産主義の残滓】

 比較的新しいエレベーターでさえガタガタし、時には通過したりとあてにならないのですが、笑っていると不真面目にとられる国民性だからという理由はあるにせよ、それをさっぴいても、店員の愛想のなさや動きっぷりをみると、日本人がいよいよ勤勉だなという気がします。

 だいだい、ロシアからFAXで原稿を送り、妻が打ち直して「こころ」を配信するなんて勤勉だなあ。喜んでいるのはホテルのビジネスサービスだけかもしれませんが。


 ところで、おそらく、ソ連からロシアになって一番困っているのは高齢者だと思います。共同体としての子供に比して、年を取ればとるほど厳しい社会という感を持ちます。1991年に自由市場経済に入って、インフレ率は12年で14万倍。どこまで走っても同じ値段の地下鉄は、5コペカ(1ペカは100分の1ルーブル)から7ルーブル(約30円)に。途中、1000ルーブルが1ルーブルにというデノミネーションがあったため、14万倍という数字が出ます。

 つまり、12年前に老後の備えを日本円で1400万円していても、今は100円の価値しかないということです。自由主義経済にプラスマイナスはあるにせよ、お年寄りはかないません。少なくともモスクワ市内に高齢者はあまり見掛けませんが。社会保障体制が充実していると言われる北欧に比して、高齢者福祉には必ずしも良いところがないのかもしれません。子供の家族と暮らせれば極めて幸運で、特に一人暮らしではなかなか生きていけません。


 さて、ホテルの窓から見渡すと、街のぐるりをビジネス街が囲んでいるような風景が広がります。しかし、まず、それらのビルはマンションです。少し郊外に出れば、そこには、数百世帯が固まった10〜25階建てのマンション(日本的には文化住宅あるいはアパートというイメージ)が、何百棟も立ち並んでいます。

 一見、東京の多摩地区のニュータウンのように見えますが、建物の老朽化は進みトタンで増築したりして、しか公園にはベンチが2〜3あるだけです。それでも皆同じ状況で、おそらく廃車前のような自動車があれば、幾分豊かなのだと思います。一戸建てというものはないのですから。

 トローリーバス、路面電車、地下鉄とどこまでも公共交通機関はありますが、誰もがほとんど同じような衣・食・住をするということが幸せだったのだろうか。それでも、庶民はたくましく生き抜いてきたのだろう、と様々な思いも交錯しますが、少なくとも政治思想に基づいて行われた壮大な実験は、広く薄く、あるいは深く庶民の犠牲の上に成り立っていたのかなと思います。

 一方で、クレムリンをはじめとする王宮や豪奢な教会が残されている、その矛盾に戸惑います。


                         ロシア編つづく・・・

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