【報告事項】  《政務調査費・費用弁償・議会改革の調査》

 この調査については、下手な報告書を書くのが憚られるほど示唆に富むものであった。 「政務調査費・費用弁償・議会改革」シンポジウム と銘打って、全国から11人の地方議員がパネリストとして参加したが、声掛けは、パネリストとして参加した3人の名古屋市議会議員によるものであり、主催者というものが、最後まではっきりしなかった。
 そこには、若干の説明を要する。

 このシンポジウムの数週間前に、名古屋の地方紙に連日報道されたのは、自民党名古屋市議団前団長の政務調査費架空請求事件であった。(資料1)
 名古屋市議会の政務調査費は、条例に基づき、議員一人あたり月額55万円の計算で、総額が毎月会派に交付される。ちなみに、2004年度の総額は、約4億9000万円である。
 各議員は、各会派の財務担当者に領収書などを提出し、その分の交付を受ける。そして、各会派は、年度末に収支報告をまとめ、議長に提出するが、この際には、領収書の添付義務はない。
 今回問題になったのは、政務調査費から自動的に供出される形になっている団共通経費、約総額1400万円の取り扱いについて。団長が、この共通経費から、団長として支出したとして経費を請求した際の領収書が、架空のものであったという。
 その責で、同団長は、離団した。

 今回のシンポジウムは、この事件に関して、一人会派の4人の市議が、政務調査費の領収書公開実現を求める申入書を議長に提出。さらに、この動きを受けて、政務調査費と、本会議や委員会に出席すると報酬とは別に、一日1万円が交付される費用弁償をテーマにして急遽開催されたものである。

 まず、政務調査費について。
 名古屋市議4人の政務調査費の考え方については、(資料2)参照。ただ、4人の中にも温度差はあるように思える。具体的には、(資料3)のような形であるが、政務「調査」費ではあるが、調査費よりも、広報費や人件費の割合が高かったりするのを見てもそれが分かる。なにしろ、何が正しいという、明確な基準があるとも言えず、岡山県議会で同じ羅列をしても、似たり寄ったりではないだろうか。
 一枚の領収書を前にして、でたらめとは言わないが、政治活動や後援会活動との峻別をして、いかに案分するかを考えるには、極めてしんどい作業である。さもなくば、峻別せずに、人件費や駐車場代のような大きな金額の領収書をドバドバ公開することである。
 個人的には、領収書公開をするなら、それが政務調査費に該当するかどうか、また、常に選挙という戦争を意識し、また、日々多くの方々と接触する我々にとって、後援会活動・政治活動、突き詰めれば、憲法上の権利を阻害しない情報公開であることを絶対条件に、精緻極まる基準を作ることが必要だと考える。
 さもなくば、逆に振れて、報酬に、条例として規定するか。議員報酬は上がるが、そのためには、議員数を半減すれば良い。要は、高額報酬に、見合った仕事をすれば良いのである。すなわち、例えば政務調査費を使い果たして、なんで本会議や委員会で質問や提言がなされないのか、何を調査したのかということが問題で、県政に還元できれば、議員への安い投資ということになるかもしれない。それを惜しむ方が惜しいということだってあろう。ともあれ、現行制度に問題があるのは間違いない。
 しかしまたはっきりしているのは、二世議員でもなく、資産家でもなく、他に事業もしていない青雲の志を持つ若い議員が、労働組合や特殊な支援組織をバックにせず、選挙に打って出て、持続可能な政治活動を展開するには、政務調査費は、不可欠である。いずれ、議員年金も廃止されるであろうから、老後はどうあれ、現在の活動を可能にするお金というのはいるのである。さもなくば、正当に議員が評価されて、広く薄く、個人献金が行われるような社会にならないと、市民が望むような議員は、政治の場に、出て来れないだろう。持続不可能自爆型では、結局は、仕事が出来ない。
 議員の立場、経済状況により、考え方が大きく異なり、政務調査費についていかに考えるかといった議論を喚起しにくいのは残念である。ただ、時代の趨勢の中で、間違いなく、少しでも透明性を増す方向に進めていく必要はある。


 次に、費用弁償について。
 交通費拒否として、費用弁償の受け取り拒否を既に2人の名古屋市議会議員が始めており、追随する議員も現れている。(資料4、5)
 費用弁償については、名古屋市議会で、2004年度に、約5912万円。象徴的に、交通費と言われているが、岡山県議会との大きな違いは、名古屋市議会の場合は、全員が名古屋市内からの登庁で、市内に網の目のように張り巡らされている地下鉄・市バスの無料乗車券も支給されていることであろうか(これを共産党以外問題にしていないのは不思議である。)。加えて、民主党の河村たかし衆議院議員が、日額6000円の委員長手当を受け取らず騒ぎになったという土壌もある。
 地域の名士が名誉職のように行う地方議員が手弁当では恐縮なので、せめて交通費を出そうというのが、そもそもの経緯かもしれないが、交通費論議は、非常に微妙なものがある。例えば、県北から雪の中掻き分けてくる場合どうなのか県、内の実費というのも判断しがたく、いわゆる行政の審議会や委員会にも、報酬や日当とは思えないが、交通費のような費用弁償はあり、また、独立行政委員会を含めて、条例や慣習として、存在しているものであろう。
 まずは、受け取り拒否は、有権者向けのパフォーマンスには使いやすいと皮肉られるし、現在のところ、公職選挙法で禁止されている寄附行為にあたる。
 供託するよりも、とりあえず受領して積み立て、辞職後、行政に寄附するという立場は、格好は良いのだが、他の議員の共感を呼ばないかもしれない。
 岡山市内の私は、あまりに近所すぎるというのも大きいが、交通費については、あまりに過ぎたるものであるという認識は強くしている。が、私が個人的に行っているのは、今のところ、議会休会中の登庁については、せめて費用弁償にカウントしないように、登庁名簿に記入しないということだけである。
 交通費という側面を強調するなら、今の傾斜をもっと厳しくしたり、岡山市内の議員には費用弁償が全くないというのは一つの考え方であろうが、どうあれ下げてよいものだ。


 こうした紹介の後に、いわば基調講演として、小野耕二名古屋大学教授の講演(資料4)。なにか教科書のような総論で、今回のテーマに深く切り込むものではなかった。惜しむらくは、こうした地方の大学の方が、地方の政治について詳しいことをよく知らないということである。
 私は、岡山県議会の内実に詳しい大学教授など聞いたことがない。やはり、研究にも値しないのだろうか。地方においては、行政の御用学者は多いけれど、行政や議会と拮抗できる学者は、なかなか多くはおられないものである。
 そういう関心の低さが、政務調査費や費用弁償のみならず、結果として、議会や議員の質を下げる一因となる。


 パネルディスカッションは、ずらっと11人の地方議員が並んだ。(資料6)中には、思い切った言動が、注目を集める、ネットの世界ではかなり有名な地方議員もいる。ただ、概して、一人会派か市民団体系の議員が多く、逆に、その分、残念ながら、議会内では、大きな声になっていないのではないかと推察する。多数決がいつも正しいとは限らないが、議会は、多数決であり、少数意見をくみ入れるほど、議会内で、議会制民主主義が成熟しているかは分からない。
 いずれにせよ、順次、自分の街と自分のスタイルを説明する形で、ディスカッションにはならなかった。が、そういった方々が集まっていたので、方向性は皆同じであった。
詳細は、資料の通りである。

 ただ、政務調査費については、下は、月7万円から上は月60万円まで様々である。
個人的には、政務調査費の適正額は、街の大きさ、したがって、選挙の大きさに比例するものかな?という疑問はある。


 いずれにせよ、地方分権、地方主権の時代に、一番変わらなくてはいけないのは、地方議会の議員である。地方議員のレベルが、これからは、市民、県民の生死に直接関わる。良くも悪くも大きく進む国の小泉改革の中で、地方が安閑とし、いわんや、地方議員がその特権に溺れているようでは、地方に未来はない。
 行財政改革を進める中で、象徴的に、人身御供のように、議会が血を流し、透明性、機動性、専門性を高めていかなければ、行政に、物申せるわけがない。
 そういった意味では、議員の数、政務調査費と費用弁償の改革は、その金額以上に、象徴的な効果がある。議会改革として、まず行うべき喫緊の課題である。

Copyright (c) 2005 SHINJI SATO Inc. All rights reserved.satoshin.jp