2002年5月5日(日) 【春季慰霊祭】

 そこから、岡山県護国神社の春季慰霊祭に。岡山県の英霊の御霊は、今日現在5万6680柱と伺っています。

 私は、春・秋の慰霊祭と終戦記念日には、参拝するように努めているのは、ご案内の通りです。

 本当に目に見えて、遺族の方のご参拝が、減ってきている、また、大変な高齢化が進んでいる、戦争を知らない世代の私としては、終戦から56年という歳月をそういうことから感じています。

 ところで、岡山大空襲で大被害を受けた桶屋町が昭和39年に、平和町と名を変えたわけですが、私の身内も、防空壕の中で、亡くなっています。
 こうした民間人には、民間人の慰霊祭が行われているわけですが、政治に関わる者として、戦場で、祖国のために、愛する故郷や人々のために、尊い命を散華されたご英霊に対して、感謝の誠を捧げ、ご英霊が、一番望まれた「平和」の決意を述べに行く、そういう責任があると思っています。


 ただ、多くは書きませんが、50年後に、全国の護国神社がどういう形であるのか、非常に想像するのが難しい状況にあります。例えば、友紀が50才になった頃、彼らの世代がどういう形で、ご英霊を慰霊するのか・・・・・。

 加えて、首相の靖国神社公式参拝については、個人的には、有事法制の議論とは、別次元の事と考えています。皆様は、どうお考えでしょうか。

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