2003年2月4日(火) 【地方議員は、非常勤】

 本日は、常任委員会、第一次査定の報告。

 国会は、代表質問戦に入り、各党代表のオールスターという感じですが、小沢自由党党首の政治観、国家観、官僚機構に対する議会の在り方の考えには、素直に学ぶべきところが多いと思いました。手法はどうあれ、筋が通って分かり易いというのは、本当に重要なことです。
 多分、政治観は、死生観に通じると思いますが、他党ながら実に魅力的です。


 今朝の山陽新聞の一面、統一地方選挙の特集「政治と金」の前半に出てくる議員は、誰がどう読んでも、私でしかありません。かなり記者の脚色もあり、誤解もあるようにも思うのですが、だいたいあんなものかもしれません。

 先輩議員との対比は、おもしろいですが、どうでしょう。一般的に当選回数と、後援会員数と、その維持費と、議会や党における責任の重さは、比例しています。
 やろうと思うか思わないかは別にしても、1期のようなことは、ベテラン議員は出来ませんし、逆もそうです。複数代表ですから、様々な形があります。

 選挙前に、どういう連載になるのか、攻撃ばかりでもなさそうで、楽しみなのですが、ただ気になるのは、この記事の「地方議員は、非常勤」という言葉です。そうなのでしょうが・・・・・。



 実は、今日、街頭演説やメールの内容について、当局より、打診がありました。その中で、「議員は非常勤で、職員は、プロパーですからね。だから・・」という言葉に、かなりカチンと来ています。

 よく私は、議会は、株主総会だと言っていますが、しかし、執行部の執行を議会がチェックをしているのではありません。議会の決定を執行部がきちんと執行しているかをチェックするのです。本来の姿は、それです。

 大統領制の地方は、議院内閣制の国会のように、議員が、行政の長にはなりません。もともと、イギリスの議会不信から生まれたアメリカの大統領制は、権限が大統領に集中する強烈な仕組みです。

 大統領制において、議会と行政が拮抗していなければ、基本的には、行政は暴走する、あるいは、衆愚政治に陥る、というのは、最初に習うことです。大統領制下で、強すぎる首長、弱すぎる議会は、危険と裏腹です。

 議会の体たらくが、行政の肥大化を生み、行政の暴走を許しかねない、ひいては人権侵害を及ぼしてきた、「行政国家現象」に対しては、議会が復権しなくてはいけない、というのは、「政治学」の「いろはのい」です。


 我々は、「お上」の当局にお願いする立場ではありません。政治用語的には「半代表」で、使い走りではないのです。そうでなければ、なんでこんなに苦しい選挙を経てまで、議員になる意味があるのか。なんのための代表か。なぜ、皆様が、議員を選ばなくてはいけないのか。

 そして、あくまで、私は、行政の代弁者でも、説明者でもありません。むしろ、皆さんと行政に何をさせるのかを考え、実践させる、そのための議員なのです。
 地方は、それができるのです。

 議員が何をするかも問題ですが、一番重要なのは、議員に何をさせるかだと私は思います。何をさせられる議員か、それが出来る議員なのか、未来を選ぶのは、皆様です。少なくとも、「不信」を気取っても、なにひとつ変わりません。

 それにしても、政治不信とよく言います。それは、基本的には、「議会不信」です。なぜ「行政不信」ではないのでしょう?なぜ、本来は、見方であるはずの議会が、目の仇になるのでしょうか。
 これからの地方議会でもそうであるなら、地方に未来はありません。


 高度成長期の夢が描けず、少子高齢化の中で、規模縮小していかざるをえない国が、我が祖国日本です。舵を大きく切らないと、この船は、沈没です。地方は地方で、我々の手で、生き残るために、時代に見合った新しい枠組みの船を造らないといけません。

 なお、これは、個々に懸命に働かれている行政の職員の方々の批判ではなく、枠組みをどうするのか、という話です。議会が決めていかないといけないこともあるのです。まさに、政治の話です。


 私達は、非常勤ですが、実は、皆、議会の復権を思っているのです。そして、我々の世代が、それをリードしないといけません。

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