2009年9月18日(金) 【金田さんのこと】

 本日は一般質問4日目。最終日。
 自民党の総裁選挙も始まりました。あまり特記事項がないのが悲しいです。

 昨日、小3の息子が、告白?されたそうです。父ちゃん、そういう経験がないです。下駄箱に入っていたのは、ラブレターではなく、果たし状。

 今朝も朝一で、浦安の交差点で、ハンドマイクで街頭演説。僅か5日(水曜日は、遊説局)ですが、連続で朝街宣をやってみて、薄々気がついてはいたのですが、想像していた以上に、たいした事でないのが分かりました。
 いわんや、喋らずに笑顔の手振りだけならば、実はどういう事ではないな、というのを肌で感じます。要は、継続することで、意味があるんだな。
 明日は、午後にやってみようと思います。当然のことにします。

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↓「こころ」が「こころ」たる政治と全く関係のない駄文が続きます↓
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 そう言えば、インチキな司法試験浪人という名のプータローの頃、中学の三バカトリオ?のくだんのT君の立派な結婚式に出席しました。結婚以前に、社会人にすらなっていない私は、これは、本当に厳しいものがありました。
 2月の寒い日です。親から祝儀代を借りました。

 ところで、犠牲者として、悲劇の主人公に甘える中で、自分で少しでも稼ぎたいという思い以上に、これをしたら人生が変わるんじゃないかな?と漠然と思っていたのが、実は新聞配達です。
 野田屋町にあった読売新聞の配達所の求人募集の張り紙を見るたびに、立ち止まっていました。
 私は、神様はいると思いますが、なぜ新聞配達に、あれほど惹かれたのでしょう。今から思うと、そこでないといけなかったのです。


 T君の結婚式は、私に勇気ある決断をさせるには、あまりに十分な出来事で、ガラガラと配達所の戸を開けたとき、自分では記憶にはないのですが、「お金を払っても良いですから、新聞配達をさせて下さい。私はどうしても変わらないといけないんです。」などと、わけの分からない事を言ったらしいのです。金なんて無いのに。

 ある意味で、あの時に、少なくとも、県議会議員には続いていく扉を開きました。もしも、その日、新聞配達所の扉を開かなかったら、今頃どこで何をしていたでしょう、生きていないかもしれません。

 当然、その先に何があるかなどと全く読めませんでしたが、もしも私の人生にターニングポイントがあるとすれば、まさに、あの瞬間です。あのときの出会いがなければ、どうなっていたろう?


 20代半ばの奇妙な男を迎えてくれたのは、店長の金田さん。当時30才代で、ご主人を亡くされていましたが、2人の息子さんを育てておられました。私にとっては、初めて会った本当の社会人かもしれません。もちろん、配達所には、びっくりするぐらい個性的な、いろんな人がおられました。いろんな人生がありました。

 金田さんは、いつもニコニコ笑っておられて、現実大肯定のバイタリティーの固まりのような方でした。1回目の選挙の時には、実は応援弁士に立って頂いています。
 なんであんなに元気だったのか・・・。多分、いっぱい泣かれているからでしょう。


 金田さんに連れられて、その日の夕刻には、岡ビル遊園地のまわりでスーパーカブに乗る練習をして、翌朝2時には集合!行きました。
 数日間は、金田さんのあとをついて道を覚えて、それから午前3時40分起床の新聞配達を1年8ヶ月ですが続けました。
 どんな雪の日も、雨の日も、台風の日も、新聞の休刊日以外に休んだのは、1日だけです。

 真冬が、かえって温かく、夜明け前が一番寒く、電灯の下ですっころがっている蝉は、蹴飛ばせば、たいてい生き返り、正月は3倍疲れて、梅雨や台風だけはどうしようもないというのも、学びました。
 そう言えば、午前6時に信号無視で、警察につかまって、あの違反金も辛かった・・・。

 担当エリアは、南方と弘西学区。さすがに、町内は配れませんでした。集金もしましたが、会社関係に行くのが結構辛くて配達だけです。実際は、拡張もありますし、新聞配達所は日中も忙しいです。


 岡山リビング新聞社に勤めても、逢沢事務所に勤めても、悩みがあるときは、しばしば金田さんの所の行きました。そう言えば、リビングの時には、求人広告も出して貰いました。

 どれだけ私が愚痴を言っても、金田さんの答は、いつも決まっています。「佐藤さん、新聞配ったら?」。で、本当にしたかどうかは内緒。


 その金田さんが亡くなって、もう2年。

 県議会議員になってからは、今から思うと、なんとも失礼をしています。悩みがなかったわけでは無いのですが、いつでも新聞が配れると思っていたのに、いつのまにか配れなくなっていたのでしょう。金田さんに会えなかったのです。
 でも、金田さん、今なら・・・配れるかもしれない。


 当たり前に、新聞が届いていますが、毎朝、それを差し込んでくれる誰かがいます。新聞配達は、誰も傷つけない、誰からも感謝される仕事の基本です。そういう意味でも、原点です。
 石井知事の御実家は、新聞配達所も営まれていますが、あの生真面目さは、新聞配達と大いに関係があると思います。


 あの頃、小さなカセットで、憲法の条文を聞きながら、新聞配達をしていましたが、さっぱり頭に入らず、実は、音楽を聴いていて、記憶に強く残るのは、朝日の中のオフコース=『思いのままに』。
http://www.youtube.com/watch?v=XPt4h3GSmXk

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