2004年1月17日(土) 【中心市街地で】

 ここのところ新年会続きで、特に、婦人会は、お昼。昨日に引き続き、今日も昼からカラオケ。
 夜には、地元の連合町内会の新年会。

 ともかく、中央南小学校「跡」地問題については、いよいよ佳境に入りますが、それにしても、さきほど、ホームレスの方々を横目に「しろちか」をふらりと歩き、桃太郎通りを見渡すと、それにしても、再開発あるいは、再開発の可能性のある建物が、岡山市中心部1kmスクエア界隈に、いったいどれだけあるのか、と、愕然としました。
 銀行が、どんどん抜け、さらには、超大企業で、あるいはそこにビルがある必然性はないものすらあるように思います。

 少なくとも、オフィスビルではなく、1・2階は、テナントにしても、都市型マンションが、爆発的に増えるように思えますが、いや、これは、大丈夫かな?という不安にも駈られます。
 さて、これで、高齢者の方はさることながら、子育て世代は、どれだけ戻るだろう?


 私は、これからの二世帯住宅は、都心のマンションと郊外の庭付きの一軒家を併せ持つスタイルになるのではないか、という気がします。
 というか、私なら、そういう商売をします。あるいは、高齢者が都心にマンションを買うなら、今後そういう流れになるのではないでしょうか。

 すなわち、独身時代は、都心に暮らし、結婚し、ある程度子供が大きくなれば郊外の庭付きの一軒家に移り、逆に、高齢になった親は、郊外から子が住んだ都心のマンションに移る。
 親が亡くなれば、孫の世代が、独立した後、そのマンションに住み、結婚して子供ができたら郊外に・・・・の繰り返し。
 敢えて言えば、終の棲家はなく、年代によって、住む場所を変えるといった感じです。

 ですから、その都度、マンションや一軒家はリフォームされ、もっと言えば、郊外も都心も、これ以上肥大しないというイメージです。さらに言えば、都心は、若者や高齢者の楽しみが溢れ、郊外は、自然があり、伸び伸びと安全に子育てができる、さらに先には、森や田園が広がり、街自体は、非常にコンパクトである、といったものですが、少子高齢化時代に、さもないと、街は、もたないように思うのです。
 換言すれば、都心は、郊外との連絡・連携を考えないと活性化しない、街栄えて山河滅ぶではいけない、ということです。


 確かに、都心に人口は回帰するかもしれません。またさせないといけません。しかし、それが、どんな世代なのかも、見据えないといけません。
 子育て世代を戻したいなら、自然と安全と安い駐車場がどうしても必要です。それがなければ、戻りようがないのです。
 若者を戻すなら、価格や雰囲気はどうか。
 どういうライフスタイル、世代間の連絡をイメージしているのでしょう?

 そもそもが、再開発の上は、全部マンションで良いのか、結果として、自然よりも医療の方が切実で、自動車がなくても大丈夫な世代しか戻りえないのなら、街づくりの戦略がない、と言わざるをえないのではないか。点だけで、線を面を見ていない、木を見て森を見ていない状態ではないのか。
 巣箱を作っただけでは、あちこちから鳥は来てくれません。


 交通体系も含めて、都心のグランドデザインを再構築しないといけません。とりわけ、表町1丁目については、後楽園の門前町の出石町との連絡を考えても、再開発の在り方については、新しい切り口が必要な気がしてなりません。


 JR西口以西や、操車場付近は、まだ未来の街の地図が描き易いかもしれませんが、あるいは、本当に、ザ・ハヤシバラシティーができるのなら、今のままの状態では、旧中心市街地、あるいは、新都心という言葉が、かなりリアルな現実になるように思います。
 それでも良いんだということであれば、それでも良いなりの事を考えないといけません。

 ただ、私は良いとは思えないだけで。
 それは、多分、中心市街「血」という血が流れているからです。

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