2003年9月15日(月・祝・敬老の日)
【中心市街地の活性案・一ノ瀬案】

                  略

 ところで、その昔、といっても、8年前、「What’s New」という雑誌を仲間と発行しておりましたが、これは今から思っても、奇跡のような本です。せいぜい60ページのコピーの寄せ集めのような安っぽい作りでしたが、よく、あれだけの人の文章をまとめて、作ることができたと思います。
 結局、8号まで出たと思います。

 印刷費・紙代等は、私と友人で自腹を切りながら、友人・知人に、無料で原稿執筆をして頂き、とある会で、格安で印刷してもらって、1000部ほどを市内の公民館を中心に、無料で撒いておりました。
 原稿回収、製本、配布等、全部内輪でやっておりました。その名も、「岡山未来フォーラム」!!

 「こころ」の読者の方の中には、関係者の方も多いかも?
 敢えて言えば、このネットの繋がりは、「岡山未来フォーラム」が、やりたかったことそのまんまです。

 内容は、あらゆるジャンルに及びましたが、政治色・宗教色は一切なく、基本的には、「街づくり」がテーマで、そう言えば、NHKに行った時に、その本を今の妻に渡したのが、およそ10年ぶりの出会いで・・ゴホン、ま、そんなことはどうでも良いや。

 つまり、そういう本があったわけです。


 その執筆者の中に、一ノ瀬和也なる人物がいて、なぜか、彼には、何通かファンレターも来たことがありましたが、なかなかの論客で、久方ぶりに、彼が発言したいとのことでありますので、まんざら知らぬ仲じゃなし、その機会を与えて差し上げようと考えるわけです。

 今回彼が、発言したいのは、平成17年以降の中央南小学校「跡」地の件のようです。以下は、一ノ瀬和也君の意見です。

 なお、現段階での私のコメントは、控えます。

 これは、一ノ瀬君の意見です。

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 ある地区の「私立小学校誘致」の陳情が、6月市議会で採択。にもかかわらず、別の地区から、「病院誘致」ということで、この9月定例会で陳情が出され、市長は、「地元でよく相談すべき」と、態度を鮮明にしていない。

 もともとは、1期目の市長は、公立小学校存続を公約に、地域から支援を取り付け、当選。その後、教育委員会から、統廃合の方針が、いきなり発表され、地域は、大混乱。
 地元は、いまだに迷走しているが、ただ、このことで、市長や教育長を責めたところで埒はあかない。


 残念ながら、今の状況が続けば、旧出石小学校、旧内山下小学校同様に、いやそれより遥かに悪い状況で、暫定使用の名のもとに、結局は、都心の超一等地に、ペンペン草が、生えざるをえない。

 端的には、地元の合意は、極めて難しく、ゆえに、2つの全く異なる陳情が出たのだから、話し合いのできる状態には無いのではないか。このあたり、旧出石の状況とは、全く異なる。


 ちなみに、佐藤県議は、かねてより、「病院と小学校」の複合施設という、いわば折衷説であり、私立小学校あるいは病院単独の誘致ということは、言ってきていない。

 ただし、現実問題、学校と病院の複合施設には無理があり、佐藤折衷説は、彼の苦しい立場が、それを言わせている優柔不断なものではないかという批判もある。


 私は、「私立小学校誘致」「病院誘致」「複合施設」いずれの立場も取らない。

 ひとつには、2009年に予定されている「ザ・ハヤシバラ・シティー」の誕生である。当初、眉唾物と思われたこの大構想も、いわば、規制緩和で、制度的には、出来易くなった。

 まずこれができるのだという前提に立った場合、よほどの抜本的な街の造り替えがないと、岡山の中心市街地は、大きく、JR岡山駅側にシフトし、西口再開発、操車場跡地開発と相俟って、もう二度と、岡山市の中心は、表町には、戻ってこないかもしれない。

 商店街はじめ中心市街地が、壊滅的な打撃を受け、旧中心市街地は、スラム化現象すら起きてくるかもしれない。
 また、それは、せっかく整備したインフラの活用としては、もったいないと言わざるを得ない。


 私達が考えなくてはいけないのは、ひとり中央南小学校「跡」地をピンポイント的にどうするかという話ではない。
 むしろ、天満屋を中核として、中心市街地をいかに組み替えていくのか、そういった視点の中で、そのひとつとして、小学校「跡」地のことを考えないといけないのではないか。

 少なくとも、はっきりしているのは、公立小学校が私立小学校になる、あるいは、病院が建替えられることだけでは、中心市街地に人口が回帰する要因にはならない。
 もし、そうであるなら、この段階で、かくも人口減に苦しむことはない。


 私は、敢えて提言する。すなわち、「第三案」である。

 最終的には、中心市街地の交通の要衝である天満屋のバスターミナルを移転し、現在の川崎病院に移し、県庁通りは、完全な歩行者専用道路にする。願わくば、周辺のバスターミナルは、統合整理。
 路面電車清輝橋線は、大雲時から、京橋で、東山線と繋ぎ、環状化。中山下、表町は、関係車両以外、車は入れないが、路面電車が繋ぐ。

 加えて、現在の天満屋バスターミナルは、キャナルシティーばりのショッピングモールとし、緑で囲まれた公園を中央に置く。もちろん、ここは、有事の避難場所になる。

 そして、中央南小学校の校門から、都市計画通り、東西道を走らせ、商店街を横切らせて、小学校の土地を分断。
 道路を挟んで、北半分に、川崎病院を移転。南半分に、中央ふれあいセンターといったコミュニティー施設を建築、小学校ではないが、生涯学習施設を設ける。

 こういった計画の第一段階として、小学校敷地を分断。川崎病院移転と、ふれあいセンター建築を同時に進める。


 こうした全部を組み替える構想のもとに、街を動かさないと、中心市街地の活性化、要は、街の魅力を高め、定住人口が増加することにならないのではないか。

 少なくとも、ザ・ハヤシバラ・シティーの独り勝ちになるのではなく、回遊性を持たせるためにも、天満屋を核とした中心市街地の活性化を考えるべきである。

 こういった流れから、佐藤議員の言う、駅前商店街ー天神町ー上之町〜紙屋町ー新西大寺町ーイトーヨーカドーーザ・ハヤシバラ・シティーという「商店街大回廊」に繋がるのではないだろうか。

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