2004年8月3日(火) 【特別支援教育】

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 人口内耳と教育を考える会の第2回講演会を拝聴しました。松山市では、「学校生活支援員制度」を活用して、難聴の子ども達に、終日ノートテイクや手話による授業支援を行っています。
 「特殊教育」から「特別支援教育」が、時代の趨勢ですが、財政面では苦しいものがあります。
 一方で、「所詮、健常者」という言葉が耳に残りました。障害者のある方の方に、どれだけ我々が歩み寄っているでしょうか?
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 要約筆記クラブ、岡山県難聴者協会をはじめ、聞こえが不自由な方に関係する団体への出入りがございますが、具体的には、義務教育あるいは高等教育において、いかように難聴の子ども達を支援していくかは、教育行政の大きな課題です。

 少なくとも機会の平等、その環境を子ども達に与えるために、保護者の方々は、大変なご努力をされています。
 あるいは、無理解により、子ども達の無間の可能性を狭めることは許されることではありませんが、現場においては、様々な課題があるのは事実です。


 岡山市でも、学校生活支援ということで、希望者には、ノートテークの支援があるようですが、これを制度に、ということになると、たちまち財政的な問題にぶち当たります。
 もの、情報、心のバリアフリーを図るために、行政的にはどうしても先立つものが必要です。

 例えば、県の施策である小一グッドスタート事業は、国の緊急雇用対策事業によるものでありますが、こうした財源が切れた時に、さて単県で推し進められるか、三位一体改革の中で、補助金が削減され一般財源化されて、もっとも後退するのが、福祉施策と言われているだけに、学校生活支援員制度自体の予算確保からして、どうするのか、頭が痛いところです。
 どこまでも、ボランティアというわけにも参りません。


 それにしても金が仇の世の中では、淋しいことではあります。
 所詮、健常者には、わかったふりはできても、根本的に分からないことが多々あり、どれだけ我が事として、考えられるのか、想像力というよりも、人生観の深さが試されるところです。
 おそらく誰にとっても、明日になれば、今日の問題なのかもしれません。なによりも、誰も、誰かの可能性は奪えないのです。

 私は、今、メンタルヘルスということに大きな関心を持っています。

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