2005年5月15日(日)
【水の惑星にて(下水道整備)】

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 郷土の偉人犬養木堂が、海軍青年将校に暗殺された5.15事件の本日、軍の暴走を止められず、満州国建設、国際連盟脱退から先の大戦に突入して行った日本で、国民やマスコミは、例えば果たして、中国をいかに見ていたのか、また我々は、中国をどう見るべきなのか、に思いを馳せます。
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 本日は、町内会移動総会を見送り、別の町内会総会。特に、市当局から、下水道についての説明がありました。

 中心部は、もちろん下水道はインフラとして整備されていますし、かえって周辺部と言われる地区の方が、国の事業である農業集落排水が整備されていたりして、意外に、中心に近く、郊外とも言えないような地域が、ぽっとん便所だったりします。

 下水を引くのは、一大事です。よほどでかい道でもなければ、順番に道路を引っぺがして、水道やガス管などのライフラインを移設し、本管、サービス管と来て、取り付けますの設置。そこまでは、市の負担です。

 しかし、それ以降のラスト数mの排水設備は、自己負担ですから、何十年も待たされた挙げ句に、周辺住民総意の上で、生活道を封鎖し、わざわざ大金を払って工事をお願いするということで、悪臭が消え、蚊がいなくなり、ヘドロも無くなりますよと言われても、しんどいものもあります。

 ただどうせなら、一刻も早くというのが地域の願いでもあります。
 地域的に言えば、御野学区や幡多学区等々は、本管が目の前に見えて、まさにここ数年で開通ということですが、それゆえに、苛立ちも募ります。



 今日は敢えて、通水100年を記念してできた「岡山市水道記念館」にも立ち寄ってみました。

 日本で8番目の水道であり、その施設は100年経った今も活用されており、しかも、関連10施設は、登録有形文化財に登録もされています。
 その中には、京橋に並行する上水道水管橋や数ある配水池の中で、最も古く、かつ現役の半田山配水池も含まれます。


 土壌や地形的な問題も手伝って、コレラの大流行など、岡山の水道を急ぐ理由はあったにせよ、先人達は、今の下水道の状況をいかように見られるでしょうか。
 上水と下水さらに雨水について、一度にできていれば良かったのでしょうが、郊外化、宅地開発のあり方も考えるべきところがあったのかもしれません。

 ちなみに、市内の処理区は3つに分かれますが、完成間近の北方幹線に入った下水は、玉野市八浜の児島湖浄化センターまで、途中、野殿や錦のポンプ場で勾配をつけて、30kmの長い長い旅をします。


 しかし、それ以上に水は長い長い旅をします。

 どじな水は、海に出るまで、3回ぐらい人間の体を通るんじゃないか?というよりも、地球誕生以来、水は、形も変えながら循環し続けていることを思うと、60%が水でできている我々人間も、もう少し、大自然の摂理そのものである水に対して、謙虚でないといけないのではないかしら。

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